No102 山 陰 編(京丹後市久美浜〜兵庫県香美町香住)


今日は朝から小雨が降り続く。
宿を発って、久美浜湾の西岸の道を行く。
今日の行程は、県道や町道をたどる。
地方道は案内標識が少なく、道に迷うことがよくある。
はやくも湾岸から三原峠に向かう分岐点でウロウロする。
通る車に尋ねようとしても、ヒッチハイクと間違われるのか止まってくれない。
仕方なく、自分のカンを頼りに進む。
そんな不安そうな後ろ姿を写真に収める。
途中、軽トラでやって来た農家の人に尋ね、ようやく道を確認でき、ひと安心する。

三原峠からは兵庫県で、思い出多い丹後(京都府)を後にする。
飯谷峠で腰をかがめたおばあさんが、一人で坂を上がって来た。
どうしたのかと尋ねると、若い時は良く通った道で、今日は桜が観られると思ってやって来たという。
おばあさんの気持ちの若さと、そうまでさせる桜の吸引力に、呆れる様な驚きだった。

飯谷峠を下ると広い水辺のほとりに到る。
さらに進むんで円山川に架かる城崎大橋を渡る。
すると直ぐ先に、JR山陰本線の城崎温泉駅があった。
休憩しようと駅の待合室のところへ。
売店に笹ずし弁当が並べられている。
ちょうど昼時、迷うことなく一つ買う。
温かいお茶と一緒に、待合室のベンチでいただく。

JR城崎温泉駅の前から、みやげもの店や旅館がひしめいている。
想像していた以上に大きな温泉街に驚く。

その賑やかな通りを進むと水路に行きあたる。
その水路の両岸にも温泉旅館やさまざまな店が軒を連ねる。
両岸の柳の並木と水路を渡る灯明付きの橋が、温泉街の情緒を醸し出している。
フト、中学生の頃かに読んだ志賀直哉の短編小説「城の崎にて」を思い出す。

作者は交通事故で怪我をして、その療養で城崎温泉の旅館に何週間も滞在する。
その間に起きた出来事や心境を記した自伝小説で、名作の評が高い。

しかし中学生のわたしは、小説の内容よりも作者が温泉旅館に何週間も滞在する「贅沢」さに驚いたものだ。
いつか自分も、せめて3日位そんな温泉旅館でのんびり本でも読んで過ごしてみたい、と夢見た。

そんなことをぼんやり思いながら歩いて行くと、志賀直哉が泊ったと云う旅館の前に。
木造3階建ての今でも格調ある建物だ。
中学生の頃に夢見たことをすっかり忘れて、今こうして何ヵ月にわたる歩く旅をしている。
もしかしてこの旅は、自分が夢見たことは勿論、志賀直哉の滞在を遥かに凌ぐ「贅沢」ではなかろうか。

城崎温泉街で、もう少しブラブラしたい気がする。
しかし、小雨が降り続き、少し寒いので先へと急ぐ。
鋳物師戻峠を越えて平地に出ると、川沿いの道になる。
川の反対側に並行する鉄道が見える。
橋を渡って行くと、山陰本線竹野駅があり、その待合室で休憩する。
駅を出て地元の人に、今日の宿「休暇村竹野海岸」を尋ねる。
その人は前方に見える高台を指して、そこだという。
宿はもう直ぐと勇んで行くが、高台への道が分からず少し迷う。

休暇村竹野海岸は、高台の眺望の良いところにある天然温泉付きのきれいな宿だった。



次の日、朝の天気予報は曇り時々雨。
第3次日本一周徒歩の旅は、今日で20日目になる。
前回までの旅に比べて、今のところ関節の強張りもなく歩くのに支障はない。
それでも大分疲れが溜まって来たようなので、連泊し休養することに。
フロントに申し出ると、喫煙者用の和室なら空きがあると云う。
その和室に11時に部屋替えすることにする。
その間、朝寝することにしたら、携帯電話の音で目が覚める。
急いで電話をとった途端に切れる。
午後、再度電話があり、友人の海老原君だった。
私の歩く旅に興味を持って電話してきたようだ。
昼食は宿のレストランでとり、午後は部屋でテレビ映画を観る。
「ラインの仮橋」という題名の映画だった。
第2次大戦におけるフランス兵捕虜とドイツ人家族との愛がテーマで結構面白く観た。
宿にはコインランドリーもあって、ズボン等すべての衣類を洗濯しサッパリする。
夕食はバイキング形式で、好きな物を好きなだけ食べられてよかった。
休暇村はかんぽの宿と同じ様に、質が高く割安感があるせいか満室状態だ。
夕食のレストランは、中高年夫婦や女性客で賑わっていた。
夜寝る前に、今日4回目の温泉に浸かる。



連泊し休養した翌日は、朝寝坊してしまった。
モーニングコールをセットしたつもりが、鳴らなかった。
それで、出発は8時40分といつもより遅れる。
今日もくねくね曲がる県道を行く。
この県道は、昭和45年に開通したと記す石碑が建っていた。
荒い波や強風にさらされる海岸は、長く人の往来を阻んできたに違いない。
そそり立った二つの岩の間に、丸い岩が挟まって浮かんでいる。
「はさかり岩」と呼ばれる兵庫県指定天然記念物だそうだ。
こうした奇岩が生まれるのも、この地の気象の激しさを物語る。
また地形も、小さな入り江が幾つもあるリアス式海岸だ。
どんな小さな入り江にも、漁港が整備され確かな生活の場がある。
この地の人たちにとって、県道は「命綱」、あるいは「血管」の様なものではないだろうか。
佐津というところで国道178号に接続する。
その先もくねくねした道で、警官に呼び止められた。
柴山と云う集落の手前あたりだ。
パトカーから降りた若い警官は、「身元を確かめさせてください」と云う。
いつかこんなことがあるのではと思っていた。
「歩いて日本一周の旅をしている。初めて職務質問された」と云って運転免許証を差し出す。
警官は免許証を見てメモをとり「道路は危ないですから、気をつけて行って下さい」と直ぐ放免してくれた。
こちらも名前を尋ねたら、「タナカ」と教えてくれた。
20歳台の若いお巡りさんだった。

香美町香住の市街地入口で、道が二つに分かれる。
国道178号の標識に従って進むと、市街地からそれて道路地図と様子が違ってきた。
新しいバイパス道路だった。
JR香住駅の道路標識があり、それに従って進む。
香住駅は直ぐのところにあり、そこでトイレを借りたり、観光案内所で今日の宿を尋ねる。
今日の宿は駅から30分もかからないところにある温泉民宿だった。


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