No110 山 陰 編(浜田市三隅町〜山口県萩市須佐)


今朝も晴れた。
昨日のロングな旅で疲れが気になったけれど、よく眠れたので元気な目覚めだ。
朝食にホテルの食堂へ降りると、窓には朝の日本海が拡がっていた。
宿の支払いをすると、ホテルの支配人がビール代はサービスするという。
そして、「気をつけて行くように」と励ましてもらった。
ホテルからは、まっすぐ南に2〜3km下って国道9号に出る。
今日は4月30日で、この旅に出て35日目になる。
この辺りは、田植えの時期を迎えているようだ。
カエルの声がにぎやかで、農家の庭先には鯉のぼりも。
山間の道が続き、沿道の農家の家屋は赤瓦屋根のどっしりした構えだ。
山間の農家でも、外観から見る限りはかつての「寒村」とは程遠い。

昨日の旅と比べて、今日は約23kmと短い。
それで気分は楽だが、腰にピクッと痛みが走ったので用心して歩く。
山陰本線鎌手駅の待合室で2度目の休憩をとる。
ストレッチをして歩き始めると、間もなく山裾に広がる漁港が見えた。
漁港を挟むように、山裾に赤瓦屋根の民家が階段状に並んで美しい。
そこを過ぎると、こんどは黒瓦屋根のどっしりした端正な民家に眼が引き寄せられる。

こうした民家に魅了される旅だが、お寺や神社も目立つ。
山陰地方に限らないが、歩いているととにかく神社仏閣の多さに驚く。
日本人は宗教心が薄いといわれることがある。
自分でも、それほど宗教を意識することはない。
それなのに何故、これほど多くの神社仏閣が、大切に守り続けられているのだろうか。
その神社仏閣の屋根は、今日の旅でもやはり赤瓦と黒瓦とまちまちだ。
石州瓦はこの地方の特産で、品質も良く色の美しさもナカナカのものだ。
しかし、日本人の心象風景に黒瓦屋根は欠かすことができない。
それはこの地の人達にとっても拭い去ることができず、黒瓦屋根が混じるのはその表れなのだろうか。

そんなことを考えている間に、益田市の中心市街地に入った。
そして宿泊の予約をしたホテルは、直ぐ見つかった。
フロントで、部屋はできたら和室をと云ったら、二部屋続きの特別室に案内してくれた。
しかも格安の料金で。
さらにコインランドリーがないか尋ねると、今なら直ぐに乾くからと洗濯までしてもらう。



益田市の朝の目覚めは、少し身体が重かった。
今日はいよいよ山口県に入り、萩市須佐まで約30kmの旅。
幸い今日も晴れなので、気合を入れて出発。
ここからは、国道191号を行く。

ところが案の定、腰痛が何度も起きた。
どこかで休憩したいと思ったら、トランペットの音が聞こえる。
日本海の展望所のような小さな公園で、一人の男性が吹いていた。
ここで休憩して、真向法体操をする。
そうして歩き始めたけれど、間もなく腰痛が再発してストップ休憩する。
なんとか腰痛をごまかしながら行くと、人形トンネルの方からキャスター付きバッグを引いてくる人に出会う。
山形市の永岡さんと云う男性で、やはり歩く旅をしているという。
全国を1〜2ヶ月単位で歩いて回り、地元山形新聞に1週間毎に旅のレポートを載せているそうだ。
昭和22年生まれの永岡さんは、「団塊世代のひとつの生き方事例」として記事を書いているという。
別れ際に、「まだ働いている人がいるのに、自分はこの様なことをしていていいのだろうか」と思うことがある、と漏らしてくれた。
団塊世代前の終戦世代のわたしにも、その気持ちはよくわかると共感し合う。

永岡さんと別れた後、腰痛を忘れてシャカシャカ歩く自分に気づき苦笑する。
それも長くは続かず、山口県との県境になる峠を越える頃には再発する。
ナントか我慢しながら峠道を下ると、食事処が見つかった。
午後1時ごろで、ラッキーとばかり店に入り、日替わり定食のランチにする。
昼食をゆっくりとって歩き始めて間もなく、道の駅「ゆとりパークたまがわ」が現われる。
そこの情報センターに、マッサージ機があった。
さっそく10分百円というマッサージ機に、背をもたれて腰をもみほぐす。
とても気持ちがよく、最後の頃は眠ってしまったようだ。
それで大分腰が楽になり、さらにバッグの荷をバランス良く調整する。
これで腰の負担が軽くなり腰痛を抑え込むことができた。
しかし、今日の宿までは、まだまだ長い。

今日の宿は、山陰本線須佐駅周辺を予定していた。
宿泊の予約をしたいと電話すると、ここでも一人客は敬遠され、どこも断られてしまう。
最後の望みをかけて、須佐駅から3km近く離れた長磯というところの民宿に電話し、やっと予約できた。
須佐駅前に着いた時は16時過ぎで、そこから長磯までの道は人影もなく心細い。
ようやく宿に辿り着くと、そこは須佐湾の渚近くの1軒屋だった。
そして案内された部屋は、母屋にくっ付いて渚に迫り出すように建てられた別棟だった。
トイレがないので宿の人に尋ねると、部屋を出て20m程離れた場所にある公衆トイレを使うように、という。
ここは、夏場は海水浴場になるので公衆トイレが整備されているそうだ。
驚いてその公衆トイレに行ってみると、タイル張りのきれいなトイレで設備も新しい。
たしかに、これなら清潔でイイかと納得する。
部屋の海側はガラス窓で、すべて透明ガラスになっている。
その窓越しに、波の音が真近くに聞こえ、海上の小島の間を近くに三つ、遠くにも三つ漁火が浮かぶのが見える。
それを目にしながらの夕食は、何よりも勝る「宴」だ。
これはまた、思いがけなく情緒のある宿に泊れた、と満足した気持ちで眠りにつく。

夜中に激しい水音で眼が覚め、外を見ると豪雨である。
気温も下がってトイレに行きたくなる。
部屋には傘もなく、母屋に行くには外に出て玄関に回るしかない。
あいにく持ち歩いていたビニールの傘は、旅の途中で置き忘れてしまった。
母屋へ行って宿の人を起こすのは、例の公衆トイレに行くより大変で面倒だ。
しかし、一向に豪雨は止みそうにない。
たまらず、休憩時に敷くビニールシートを頭に掲げて、公衆トイレに駆け込むハメに。
とんだハプニングに、これも「旅の一興」と濡れた寝間着を干しながら苦笑するばかり。




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