No144 山 陽 編(呉市安浦町〜竹原市中央)


今日も朝早く7時15分に出発する。
国道185号を行くと、すぐに海沿いの道になる。
朝から暑いけど、なぜか気分がいい。
それは、瀬戸の海の風景のせいかも。
沢山の小さな漁船が、つながる様に、あるいはまだらに、浮かんでいる。
その先では、鏡面の様な海に朝もやが立ち、徐々にそれが薄れてゆく。
夢中になって写真を撮る。
途中の店で麦わら帽子を買う。
農家の人がよく使うもので、日射しをさえぎって快適だ。
これなら、この暑さも何とか乗り切れると思った。
先で思いがけない結末が待っているとは知らず。

国道185号の海側の沿道に、民家が建ち並んでいる。
国道と三津口湾の岸壁の間、わずか20m位の帯状の土地だ。
一軒の家では、おばあさんが軒下の花に水をかけたりしている。
それは、瀬戸の海の様におだやかな日常風景にみえる。
ここにも、海と生きるたしかな生活がある。
やたらと目につく神社の多さと合わせ、この地の人達の生活に想いを馳せる。

そんな幸せな時間は、長く続かなかった。
昼を過ぎると、さらに急速に暑くなった。
竹原市吉名と云うところでコンビニを見つけ、遅い昼食をとる。
昼食後、歩き始めると15分程でへばってしまう。
日陰で休憩をとっても、涼しい風が吹かないと体温が下がらない。
新本渡橋西詰交差点のところで、民家の軒下に座り込む。
いつまで経っても体温が下がらない感じ。
出発しようとしても足が出ようとしない。
どうしたものかと考えていると、急に空がくもって夕立になった。
上半身裸になって、雨にうたれたら身体が冷やされて楽になる。
それでようやく、30℃を超す真夏日での歩く旅は、もはや危険と考えた。
旅を中断して、いったん家に帰る決断をする。
石川県のJR金沢駅前を発ってから111日目のことだった。

身体が楽になって先へ進むと、今日の宿があるJR竹原駅前は意外と近かった。
旅を中断することは残念だけど、反面ホッとした。
すると元気が出て、夕食はまちに出て「旅の打ち上げ」を兼ねようと思った。
宿の近くに「大衆酒場」と書いた店があり入る。
歳をとった女将さんが一人で何とかやっている雰囲気だ。
串カツと枝豆、それに瓶ビールを飲んでいてもナンか元気が出ない。
そうそうに店を出る。

その後、商店通りを歩き中華店を見つける。
店に入ってニラレバー定食を注文する。
この店の主人から、今日は地元の神社の祭礼の日と教えられる。
その磯宮八幡神社の境内では、カラオケ大会もあるという。
面白い写真が撮れるかも、と行ってみることに。

教えられた磯宮八幡神社近くへ行くと、町内には紙垂らしを取り付けたひもが架かって祭りの雰囲気。
さらに神社の境内に入ると、夜店も出て人出も多い。
神社の石段下の広場にカラオケ大会の舞台もあって、すでに歌声が聞こえる。
旅の終わりを決めた日に、こんな祭りに出会った。
これもなにかの「縁」と感じてくる。
きっとまた戻って、ここから歩く旅を再開するのだ、と心の中でつぶやく。



次の日の朝は、歩く旅からの解放感で心が軽い。
このまま直ぐに列車で帰るのは、もったいない気がする。
それでどこかの看板で見かけた「竹原の重要伝統的建造物群保存地区」へ行ってみることに。
そこは、塩田で栄えた竹原の旧市街地と云うべきところだった。
想像した以上に、立派な街並みが保存されている。
しかも、単に保存されているのではなく、生活感も漂っている。
これもうれしい誤算だった。

安芸の小京都と呼ばれる町を歩きながら、この旅を振り返る。
この第3次日本一周徒歩の旅の最終目的地は、東京日本橋だった。
つまり、日本一周のゴールを目指す旅だった。
しかし、前回の北日本の旅と違って、南日本で迎える梅雨と真夏日には不安があった。
それで中間の第一目標を九州一周まで、第二目標を四国に渡る前の倉敷までとした。

その倉敷までは4日行程を残すだけで、ほぼ第二目標まで達成できたのではないか。
そう思うと、いっそう気が楽になる。
むしろここまで順調に来られたことに感謝する気持ちに。
午前中をこうしてのんびり「安芸の小京都」巡りをする。

その後、JR呉線の竹原駅から三原駅へ。
三原駅から山陽新幹線で一路帰路につく。
次の旅で眺めるであろう、瀬戸の海をみつめながら。

ー第3次日本一周徒歩の旅 完ー


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