No15 ひたち・みちのく編(宮城県塩竈市〜東松島市)

日本一周徒歩の旅で、必ず寄りたいと楽しみにしているところがあった。
それは日本三景と呼ばれる、松島、天橋立、安芸の宮島の名勝地である。

塩竈の宿を発って、その松島に向かう。
午前中はくもり日で、足のマメの痛みもない。
このコンデションだと、歩行速度は1km/10分ぐらいである。
歩くペースが分かってきて、気分的にもゆとりが持てるようになってきた。

途中、双観山展望台という景勝地に寄ってみた。
塩竈湾と松島湾の双方を望めることから、この地名がついたそうだ。
遠く牡鹿半島や金華山から昇る朝日が素晴らしいそうだ。
くもり日で昼近い時間では、朝日は望むべくもないが松島湾の眺めは期待したほどではなかった。
そこから五大堂のある賑やかな通りにさしかかると、陽射しが強くなった。
そして観光客がもたらす車の排気ガスと暑さが身にしみて疲れがひどくなった。
とうとう30分毎に休みをとる始末である。
そしてこんなこともあった。
その日の宿まで2qぐらいのところでコンビニに入り飲み物を買って休んだ。
コンビニを出て歩き始めたけれど、なんとなく見たことのある風景が次々と現われる。
どうやら、もと来た道の方向に戻っていると気づくのに5分ぐらいも要したろうか。
疲れで相当頭がぼんやりしていたのだ。
その日の行程の終盤で往復10分のロスはキツイ。
気をつけなければと反省、反省だった。

この日は、鳴瀬町(現東松島市)の「かんぽの宿松島」に泊った。
千葉県銚子市を発って18日目である。
この旅の全体計画を立てた時から、松島で連泊することに決めていた。
おそらく疲れもたまる頃だし、持ち歩くモノの変更も出てくると予想された。
それで、後方支援要員の妻に乗り物で来てもらってここで落ち合うことにしていた。 そして1日一緒にゆっくり過ごそうと考えた。
しかし当初予想した、写真関連の器具や衣類、地図等の補充や取り換えの必要はこの時点ではなかった。
妻に連絡して松島で落ち合うのは延期して様子をみることにした。
この延期から妻との出会いを果たすのは、2ヶ月後の北海道釧路市になるとは、この時予想だにしなかった。


「かんぽの宿松島」に連泊したのは正解だった。やはり休養が必要だった。
一日中宿にいて、好きな時に温泉につかり、ひと眠りしたり本を読んだりして過ごした。
昼食も、外出せずに宿の食堂でカツカレーを食べた。
宿泊客は、60から80歳代の夫婦、特に70歳代の夫婦が多かった
そのせいか宿の夕食は、精進料理系のものだった。
もっとも、わたしのは標準メ―ニューで観光気分の客は特別メニューを注文することが多いにちがいない。
普段の食事に比べてごちそう続きの宿の食事は、どうしても食べ過ぎになる。
身体を休め胃腸を整えるのには、これぐらいが丁度よかった。
自分より上の世代夫婦は、戦前戦後にかけてのつらい苦しい時代を乗り越えてこられた。
そして晩年を夫婦でこうして一緒に時を過ごす幸せを築かれたのだ。
と、微笑ましく観察しながらひとりビールを飲む。
ところがこうして仲良く二人で旅する夫婦でも、この世代は夕食時の会話は少ないらしい。
ひとりの私よりも早く食事を済ませて、さっさと部屋に戻る夫婦が目立った。

部屋に戻ってテレビをつけると、一昨日のJR福知山線脱線事故で95名(最終的には107名)の方々が亡くなったと報じていた。

(お詫び)最初のアップで夕食の写真が別の宿のものでした。削除するとともに、内容を一部変更しました。


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