No167 山 陽 編(赤穂市加里屋駅前町〜姫路市南駅前町)


今日は兵庫県の太子(たいし)町まで約21kmの旅。
しかし、朝から身体が重かった。
宿を出て国道250号をゆく。
まもなく千種川沿いの道になって、先で坂越橋を渡る。
そこからは、長い登りの道になった。
「忠臣蔵」で知られる赤穂藩主浅野家に想いをめぐらす。
赤穂市の観光パンフで、浅野家は正保2年(1645年)に茨城県の笠間藩主から赤穂に転封になったことを知った。
笠間はわたしの地元土浦市から近い。
それで、浅野家の人々が急に身近に感じられた。
現代のわたしでも、歩いて旅をするのは大変だ。
江戸の昔、浅野家の人達は、笠間から赤穂までどんな旅をしたのか。
この国代えにどんな思いを抱いたのだろうか。
この約50年後に、浅野家断絶の運命が待っていることも知らず。

そんなことを考えながら、ようやく高取峠にたどり着く。
そこから振り返ると、赤穂のまちが遠くに霞んで見えた。

高取峠から今度は、長い下りの道になる。
時々、右腰に痛みが走る。
気温が低いので、休むと疲労の回復が早いのが救い。
峠道が終わり、川を渡る時、右手前方に大きな中国風の建物が見える。
何故ここにこんな建物が?、と思いながら通り過ぎる。
この時、ここは道の駅「あいおい白龍城」とは不覚にも気付かず。
いつもなら、好奇心がわいて近寄ってみるところ、それさえなく。
余程、疲れと腰痛と先を急ぐ気持ちが強く、心の余裕がなかったのだ。

相生の市街地で、国道250号からJR相生駅に向かう道に進む。
相生駅はJR赤穂線、山陽本線、山陽新幹線の三つの駅が重なる。
その駅の東側にある相生陸橋を渡り、国道2号に出る。
そこで休憩をとり進むと、食事処があった。
昼の丁度良い時で入り、元気をつけようとひれかつ定食にする。

一時間程のランチタイムの後、先へ行くと山陽本線竜野駅前になる。
道路脇にベンチもある格好の休憩場所があり、腰を下ろす。
駅のホームにパラパラと佇む人達を、ぼんやり眺める。

竜野駅の先で揖保川大橋を渡り、しばらく行くと国道2号は二手に分かれる。
ひとつは、新しくできた太子・龍野バイパスだ。
旧国道で太子町の市街地に向かう。

今日の宿は、予約の電話をした時に、太子町の役場を目指して来るように、と云われた。
大きな工場のある辺りで、宿に電話する。
すると、そこは東芝工場で「東芝前」のT字交差点を南に進み、山陽新幹線の下を通ってすぐだと云う。
すぐと云われた約1.5km程の道は、とても長く感じた。

着いた宿は、大きな和食料理店と併設の旅館だった。
旅館と云うよりホテルで、部屋はツインルームのバス・トイレ付きだ。
洗濯機も使えて、部屋の浴室とは別に共用の大浴場にも入れた。
和食料理店はかなり繁盛の様子で、夕食の場所はそこだった。
なるほど料理はおいしく、晩酌のビールもグイグイとのどを過ぎる。

部屋の浴槽に入浴剤を入れて、寝る前にもう一度浸かる。



次の日、昨日の道を戻って旧国道2号に出る。
その道を少し行くと、斑鳩寺の案内板がある。
斑鳩(寺)と太子(町)の文字から、聖徳太子の名が浮かぶ。
今日の旅は姫路まで約15kmと短い。
それで、斑鳩寺に寄ってみることに。
国道から数百メートル入ると、突き当りにその寺はあった。
どっしりした仁王門をくぐると、古刹の名にふさわしい雰囲気。
朝早くで、境内に人影はない。
今から約1300年前に、聖徳太子が開創した寺だという。
まず目につくは、三重塔で国の重要文化財だ。
そして聖徳殿とその奥の八角堂がある。
八角堂は法隆寺の夢殿を模したものと云う。
最後に、幼い太子像に手を合わせ寺を後にする。

旧国道2号は、山田と云う所で太子・龍野バイパスと交差する。
バイパスの下を抜けて、姫路市域に入ると団地住宅が目に飛び込む。
鉄筋コンクリートの長方形の団地住宅は、ある意味、昭和を象徴する。
敗戦の復興を終え、高度成長に向かう時にさっそうと現れた団地住宅。
それは庶民にとって、憧れの住宅だった。
ようやく西洋並みの生活に近付いた実感が、そこにあった。
その時に問題になったのが、窓辺に干される布団等の景観だった。
せっかく先進国に追いついたのに、この景観は見苦しいと。
今も続くこの景観をどうみるか。
誰が何と云おうと、確かな生活がここにある、と旅人はカメラを向ける。

姫路市の市街地に入って、今宿と云う交差点で国道からJR姫路駅への道に進む。
ちょうど正午に中華店があり入る。
五目そばと餃子(872円)の昼食をとる。
今日の宿は、JR姫路駅新幹線南口にあった。
着いたのはまだ13時30分で、フロントに荷物を預け姫路城へ。
姫路城とJR姫路駅は約1km程離れ、その間は南北の大通りで結ばれている。
城の入口の大手門は、大勢の観光客でにぎやかだった。
今日は11月4日で3連休の中日だ。
家族連れや外国人の姿も目立つ。

姫路城の優美な姿は飛び立つ白鷺に例えられ、「白鷺城」と呼ばれる。
何度も新幹線の窓から見たことがあったが、その実感は得られなかった。
しかし城に近ずくにつれ、その美しさに驚かされる。
しかもどこから見ても、どの角度からも新しい発見もあって美しい。
まさに八方美人の城だ。
天守閣に上がって姫路のまちを俯瞰する。
まちは、城を取り囲むようにして四方に拡がっている。
城は町の中心にあって、まちのどこから見ても良く見えるように造られた、のかも。

この城は築400年もの間、戦争や災害から逃れた奇跡の城だという。
直径1mもある大柱、黒光りする太い柱と梁の豪壮な組み立て。
それに、階段や床板の足で踏まれたすり減り具合。
長い歴史をくぐり抜けた本物の迫力に圧倒される。
国宝であり世界遺産なのも、もっともと思う。

今日のホテルに後方支援物資も届いていた。
それを整理し、さらに不要になった道路地図等を送る準備もあって忙しい。
市内の店で夕食をとりたかったが、コンビニで弁当と缶ビールを買ってホテルに戻る。
寝る前にもう一度、湯に入浴剤を入れてゆっくりと浸かる。


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