No170 山 陽 編(尼崎市昭和南通〜大阪府泉佐野市高松北)


今日は尼崎から大都会大阪を抜け堺市まで約23kmの旅。
尼崎は素泊まりの宿で、朝食は出ない。
いつもより早めに出発し、途中で喫茶店を見つけモーニングをとることに。
宿から国道2号に出ると玉江橋を渡る。
その先で左門橋と神崎大橋と続けて渡る。
そして、川はないけど歌島橋と云う交差点近くでハンバーグ店「マック」に入る。
この旅でハンバーグ店に入るのは、初めての気がする。
お決まりのハンバーガーとホットコーヒーで朝食にする。

「マック」を出るとすぐに淀川のたもとになる。
淀川大橋を渡れば大都会の大阪だ。
ビルとビル、そして鉄道もJRと私鉄の各線がひしめきあう。
さらに、一般道路と高速道路が立体交差して縦横にはしる。
梅田・曽根崎の交差点で、国道2号から国道1号になる。
そのまま東へ国道1号を行けば、この旅のゴール地「東京日本橋」に着く。
しかし、日本一周を目指す旅では、紀伊半島を飛ばす訳にはいかない。
その交差点を右に、御堂筋と呼ばれる国道25号を南下する。

すぐに大阪市役所等がある中之島に架かる大江橋と淀屋橋を渡る。
両橋は、東京の日本橋と同じように、石造り風の格調あるデザイン。
そこからの眺めは、大阪が「水の都」と呼ばれることを思い出させる。


曽根崎から船場辺りまでは、官庁・ビジネス街でビルの谷間とイチョウ並木が続く。
イチョウ並木の歩道は、スーツ姿の男性が目立つ。
それが、心斎橋辺りからヴィトン、デイオール、テイファニー等のブランド店が軒を連ねる。
バッグを背負って歩く旅人には、なんとも云えない違和感が。
ようやく「道頓堀」に着いてホッとする。
とにかく、人も店もごった煮といった活気ある繁華街だ。
修学旅行の高校生、子連れのミセス、オバサン、オッサンとあらゆる種類?の日本人がいる。
さらに国籍不明の外人サンも混じる。
バッグを背負ったオッサンがいても、誰も気にとめない。
そんなまちの写真をとっている内に昼時になる。
「くいだおれの街」と云われるだけあって、何を食べようか迷う程、いろんな料理店がひしめく。
結局。餃子店に入り日替セットにする。
昼食後、道路脇のベンチに腰を下ろすと、ウトウトと少し眠ってしまう。

道頓堀から難波、今宮、住吉と進むにつれ、沿道は大阪の下町的な光景になる。
御堂筋とは、梅田の阪神前交差点から難波西口交差点までの約4kmの国道25号区間を指すという。
まさに大阪の様々なエッセンスを取り込んだ都市の背骨。
多少の違和感もあったけど、なかなか興味深く楽しいウオークだった。

難波の「元町2」交差点から、国道は25号から26号になる。
そして難波駅を起点とする私鉄の南海本線と並行する道になる。

南海本線堺駅の前に着いて、今日の宿に電話する。
女将さんが出て、今いる反対の駅東口に出るとそこから直ぐと云う。
教えられた通りに行くと、東口が正面玄関の様で駅前ロータリーがある。
そこを通って大通りを南に進むと直ぐのところにあった。
玄関横にタコ焼きを売る出窓がある木造2階建ての建物。
普通に良くあるビジネス旅館だけど、洗濯機を使えるサービスはないと云う。
それで、入浴時に下着だけでも洗おうと風呂場へ。
すると浴室に、「風呂場で洗濯しないでネ」と貼り紙が。
「さすが大阪商人、抜け目がない」と苦笑し、洗濯は明日に持ち越す。



次の日は一日雨の予報。
出発の時は雨は止んでいて、身体が軽く鼻歌が出る。
宿を出て国道26号の交差点の所にコンビニがあり、ビニール傘(400円)を買う。
この先の国道26号はやや内陸寄りの道なので、少し海側に戻って南海本線を渡る。
そして、南海本線の西側を並行する県道を南に下る。

小雨が降ったり止んだりの道を黙々と歩く。
南海本線石津川駅や泉大津駅の待合室で休憩をとる。

春木駅近くで昼時になり、ショピングセンター内のうどん店に入る。
温かいうどんの日替定食(800円)でホッと一息する。

昼食後も小雨の道で、だんだんと気分が沈んでくる。
こんな時は心の動きが少なく、カメラを持っていることを忘れるほど。
岸和田城のお堀端で、ようやくそれを思い出す。

その城の先に、「岸和田だんじり会館」と云うのがあった。
「岸和田だんじり祭」は、だんじりと呼ばれる山車が勇壮に街を駆け抜けることで有名だ。
ちょっと寄ってみることに。
会館は、展示フロワ―が5階まである立派な施設だ。
だんじり祭りの様々な資料が展示され、映像と音響による祭りの疑似体験もできる。
この日は、1階のインフオメイションフロワーだけで、2階以上の有料フロワーには上がる気分にならなかった。

南海本線貝塚駅付近で、脇道の旧紀州街道を行ってみることに。
この歩く旅では、各地でこうした旧街道を歩く体験をする。
その度に、なんとも云えない懐かしさと落ち着いた気分になる。
きっと、わたしが生まれ育った名古屋の家が、旧桑名街道沿いにあったせいかもしれない。

南海本線泉佐野駅前に着いて、今日の宿に電話する。
女将さんが出て、ここでも駅の東口に回り、出入口の所で待つようにと云う。
買い物ついでに迎えに来てくれるそうだ。
しばし待つと、女将さんが自転車を押してやって来た。

案内された宿は、駅から数分のところにあった。
1階は食堂店になっている割と大きなビジネス旅館。
ありがたいことに、旅館にコインランドリーがあり、やっと持ち越した洗濯をする。


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