No171 紀 伊 編(泉佐野市高松北〜和歌山県海南市日方)



今日は日曜日で、泉佐野市の旅館も休日となり朝食は出ないと云う。
ではまた、どこかで喫茶店を見つけモーニングを、と出発する。
女将さんが玄関で、いつまでも見送ってくれた。
宿を出て南海本線の下をくぐり、昨日来た県道に出る。
すると直ぐに食堂店があり、朝早くから開店している。
ご飯に味噌汁、それに一品物を選べる店だった。
朝食をとるには持って来いの店で、ドライバーらしき人達で込んでいた。

今日は曇り時々晴れの予報。
歩いていても寒い日だ。
途中でコンビニを見つけ、飲料水と軍手を買う。
県道は、「下出北」という交差点で国道26号に接続する。
小雨が降って来た時、南海本線鳥取ノ荘駅近くに、前面ガラス張りの和洋菓子店があった。
店内にはテーブルとイスも見え、雨宿りを兼ねて入ってみることに。
ケーキを買うとコーヒーは無料と云うので、モンブラン1個を買ってしばしの休息をとる。

今日は予定では、岬町の深日(ふけ)というところで宿をとる積りだった。
予約の電話をすると、どの旅館も日曜日の一人客ということで、なんだかんだの理由で断られてしまう。
やっと予約がとれたのは、4km手前の淡輪(たんのわ)にある旅館だった。
1泊2食付きの宿泊料金が、旅の一日限度額一万円を少し超えるが止む得なかった。

昼頃には南海淡輪駅の近くに到る。
予約した宿は、1〜2Km先でもうすぐだ。
カフェーレストランがあり、ここで昼食をとることにする。
旅館に早く着いても誰もいなかったりして、入れないことが多い。
それで、できるだけゆっくりカツカレーを食べて時間調整する。

そんな時、昨夜観たNHK土曜ドラマを思い出す。
四国遍路する夫婦の物語で、三浦友和演ずる夫のセリフに思わずドキリとした。
「長年寄り添った夫婦は、黙っていても分かりあえる」という。
わたしもそう思っていた。
2年前に定年退職し、妻と毎日顔を突き合わせる時間が多くなると、その自信が揺らいだ。
ましてや、子供達が自分をどう観ているか、全く自信がなかった。
毎日、旅便りのメールを家族に送って、「知らなかった父親の一面」を発見してほしいと願うばかり。

昼食後、淡輪駅に寄って写真を撮ったりしても、宿には14時半に着いた。
着いてビックリ、高台に構える宿は、堂々たる和風旅館。
すぐに、見晴らしの良い、落ち着いた部屋に案内される。
眼下のヨットハーバーと大阪湾越しに淡路島まで遠望できる。
また、次々と飛行機が現われ、関西空港に向け着陸態勢をとって飛行する。

夕食は申し分ない手料理で、晩酌の熱燗がもう一本となる。
大浴場も午後11時迄いつでも入って良いと云われる。
今日の宿泊客はわたし一人のようだ。
けれど、料理と云い、お風呂と云い、館内の暖房や照明も惜しまない、一人客でも決しておろそかにしない接客姿勢に感激。
訊けば、創業100年を超える老舗旅館だそうだ。
予約の電話では、少し高いと思った宿泊料金は、これでは申し訳ないと想う程。



次の日、宿帳の私の住所を見て、ご主人が云う。
「土浦藩の事で調査に来られたのですか」と。
「え?」と聞き返すと、「此処は江戸時代に土浦藩の飛地でした」という。
そして、「みさき風土記」と書かれた冊子を渡してくれた。
その冊子は、岬町の古代から現代に到る歴史が要領よくまとめられている。
それによると、現在の岬町一帯は「下ノ荘」と呼ばれ、常陸国土浦藩の飛地だったことが記されている。
これには驚いた。
なぜこんな遠くに土浦藩の飛地があるのか。
そんな疑問と共に、このことを知る「ご縁」を感じてしまう。
深日町にある何軒もの旅館に予約を断られ、偶然に淡輪のこの旅館に泊った。
それが、思いがけない史実を知ることに。
単なる偶然と思うか、「ご縁」というのを信じるか。

急にこの地に親しみを感じて、宿の周辺を撮影し旅立つ。

宿を出て、みさき公園の脇を通り国道26号に出る。
南海本線を何度も渡り、深日町に入る。
そこからは、南海本線と並行して南下する道になる。
最初の休憩で、古びた民家の壁を埋め尽くす消費者金融の看板に目を見張る。
むかしは「高利貸」と呼ばれ、一般の人は決して手を出してはいけないものだった。
それがいつの間にか、気軽に手を出す人が増え、この様な隆盛を誇るまでに。

今日は晴れて快適なひより。
南海本線孝子駅で休憩して、孝子峠を越えると和歌山県になる。
少し休むと疲労回復は早いが、腰痛が出始め要注意。

紀ノ川を渡り、和歌山城跡の北西角で、国道26号は24号に接続する。
和歌山城跡に沿って南下すると「県庁前」交差点になる。
そこのレストランで、日替定食(850円)のランチをとる。

県庁前交差点までの国道24号とその先の国道42号は、「中央通り」と呼ばれる。
まさに和歌山市中心市街地の基軸幹線。
しかし、緑の高台にそびえる和歌山城郭を塞ぐかのように無秩序にビルや看板が建ち並ぶ。
その景観に失望しながら進むと、面白い建物が目に入る。
瓦屋根付きの塀に囲まれた、洋風と和風の建築がつながった民家だ。
洋風建築は大正ロマンを偲ばせるデザインで、どんな人がどんな想いで建てたのだろうか。
そんなことを想像しながら、しばし建物を眺める。

紀三井寺の手前にある和歌川に架かる旭橋の袂で休憩する。
この河口付近は「和歌の浦」とも呼ばれ、その水面に橋脚が映える。
その後は市境のトンネル手前で小休止し、ひたすら歩いてJR紀勢本線海南駅前に到着。
駅の観光案内所で、今日の予約したホテルの場所をたずねる。
そこで手書きの地図をもらったけど、分かりづらく少し戸惑う。


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