No187 東海道 編(富士市荒田島町〜神奈川県箱根町芦之湯)

今朝はまた、小雨の中の出発となる。
この時に気付いたのは、泊ったホテルは岳南鉄道ジャトコ前駅の近くだった。
ホテルを出て直ぐの交差点を右に南下して、東海道(国道139号)に出る。
東海道新幹線とバイパス道路(国道1号)の下をくぐり、吉原駅入口交差点を過ぎる。

広重の「東海道五十三次 吉原・左富士」では、この辺りの道の風景が描かれている。
広く低い湿地の中を、S字状に延びて行く畦道の様な道。
その道の左前方に富士が浮かんでいる絵だ。
両側に松が植えられ、やっと馬一頭が通れる程度の細い道。
東海道の様な大街道は、もっと広い幅員のはずだがこれも江戸防衛上の配慮だったのか。
今日は小雨で富士は見えないし、今は市街化が進み、そんな面影は全くない。

今井という交差点から先は国道でなくなるが、そのまま東海道を行く。
今朝は朝食は省いて宿を発った。
今井交差点の先のコンビニで、サンドウイッチと牛乳の軽食をとる。

その先で東海道本線を横断すると、海岸沿いの松並木の道になる。
駿河湾と東海道本線の間の道で、海側は松林が続く。
JR東田子の浦駅からJR原駅にかけては千本松原と呼ばれる。
しかし、小雨の中を歩く旅人にとっては単調すぎる道。
それに朝からなんだか身体が重い。
そんな気分が災いし、今まで保持して来たカメラのレンズキャップをついに失くしてしまう。
どこで失くしたか気にして歩く内に、いつの間にか雨は止む。
そして今度は、ビニール傘をどこかに置き忘れたことに気づく。

沼津の市街地で昼時になり、そば屋を見つけ入る。
注文した親子丼セット(940円)を運んできた女将さんが、わたしの旅姿を見て話す。
この店には、自転車や歩いて日本一周する人がよく来ると。
いつかそんな旅人のひとりが、旅を記録したノートを忘れて行ったともいう。
今日二つの忘れ物をしたわたしは、おもわずドッキリ。
気を引き締めて、と自分に言い聞かせて店を出る。

今日の宿は、JR三島駅近くのホテル。
三島の市街地に入って、道行く人に駅への道をたずねる。
すると、ぜひ源兵衛川を見て行きなさいと云う。
早くホテルに着いて身体を休めたいけど、行ってみることに。
ところが道に迷って、立ち話中のオバサンにまた尋ねる。
オバサンは近くまで行くから案内してあげる、と云う。
一緒について行くと、道すがら源兵衛川の魅力をいろいろ話してくれる。
もうどうあっても行くしかない気分に。

源兵衛川は、民家が立て込む市街地の中にあった。
この川はかつては農業用水路で、住民が洗濯や洗い物をする生活の場でもあった。
周辺が市街地化した今は、川の中を散策したりできる親水公園になっている。
川がこんなに住民の生活に溶け込んでいるのは珍しい。
清流の中を歩くと、ボランテイアらしき人が熱心に川の掃除をしている。
三島の人達が、源兵衛川を誇りにし大切にしている気持ちがよく伝わってくる。

東海道本線三島駅前には、15時40分に着く。
駅の近くに広大な自然豊かな公園(楽寿園)がある。
そのため、主要駅にしては駅前が狭い空間で、ちょっと意外な感じ。
その狭いところに、高いビルが密集している。
今日の宿は駅に近いホテルで直ぐ分ったが、どこから入ったらよいか迷う。

ホテルに着いて、部屋のベッドに仰向けになったら少し眠ってしまう。
夕食はホテルのレストランで、焼肉定食それに熱燗一本を追加する。

いよいよ最終ゴールも近くなり、久し振りにわが家に電話する。
すると、三歳になる孫娘の元気な声が飛び込んできた。
妻に連れられ一人でお泊りに来たと云う。
数ヶ月の間に、しっかりした物言いになってオドロキ。



いよいよ今日は神奈川県入り。
天気は晴れたけど、霧がかかり富士は見えない。
広重の「東海道五十三次」でも三島宿は、朝霧の中を旅立つ旅人の風景。
朝霧でかすむ三嶋大社らしき門前を、駕籠や馬で旅立つ様子が描かれている。

ホテルを出て、まずは三嶋大社に向かう。
歩道に沿って、幅2m程の用水路がある。
きれいな水が流れ、カルガモの群れが浮かんでいる。
民家の入口部分にはコンクリートの橋版がかかり、両側に花の植木鉢等が置かれたりしている。
昨日の源兵衛川といい、「水の街三島」と云われるだけのものがある。

そんな水路のある道の先に三嶋大社があった。
三嶋大社は、源頼朝が源氏再興を祈願し、旗揚げしたところで、さすがに厳かな雰囲気。
東海道を往来する旅人は、必ず参拝したに違いない。
朝の静かな雰囲気の中、一人の女性が長く手を合わせている。
その後、わたしも旅の完遂と家内安全を祈る。

三嶋大社から先は、観光案内所でもらった観光パンフを持って進む。
このパンフは、三島から箱根峠までの旧街道ガイドマップ。
名づけて「三島夢街道」とうたっている。

東海道本線の踏切を渡ると、そこが箱根旧街道の入口。
愛宕坂を上ると、平坦な松並木と石畳の道。
先ずはひと息入れながら進むと、道路工事で迂回の看板が。
看板に従って進むが迷ってしまう。
国道1号沿いに出て、地元の人に尋ねる。
パンフに記載されない地元の人しか知らない道で旧街道に戻る。
戻ったところが「松雲寺」というところ。
その境内に入ってビックリ。
境内から西側に展望がひらけ、そこに白い雪化粧の富士がポッカリ。
いつの間にか霧も晴れ、最高の富士日和。
夢中になってカメラのシャターを何度も押す。

小田原宿〜箱根宿〜三島宿間を箱根八里とうたわれた。
徳川幕府は箱根八里を東海道の要路として、石畳の整備を続けたという。
今でもその名残を多く残す。
松雲寺から先の下長坂という所は、急峻で長く「こわめし坂」と呼ばれる。
旅人の背中に背負った米が、汗と体の蒸気で強米(こわめし)になるからだという。
腰を痛めないように、ゆっくりゆっくりと歩く。
道の駅掛川で会った新井さんの教えを思い出しながら。

山中城跡の所に売店があり休憩する。
寒ざらし団子(300円)が名物というので注文してみる。
草団子6個が皿に盛られ、その内3個にみそダレが、残りの3個にきな粉が添えてある。
むかしの旅人気分でおいしくいただく。

そこから小枯木坂、大枯木坂、石原坂と比較的緩い坂が続く。
最後に甲石坂を越えると国道1号に出る。

国道1号で箱根峠に着いた時は、13時50分になっていた。
その先に道の駅箱根峠があり休憩する。
土曜日ということもあり、大勢の人出で混んでいて早々に立ち去る。
芦ノ湖の湖畔に下ると、みやげもの店や食事処が立ち並ぶにぎやかな通りになる。
ここ旧箱根宿は、今や日本でも有数の観光地だ。
しかし、ここでのんびりする訳にはゆかない。
今日の宿泊地の芦ノ湯温泉は、まだずーと先だ。
箱根関所跡を横目にし、杉並木の箱根旧街道を急ぐ。

元箱根からは急な上り坂でくねくねした道になる。
しかも道がいろいろ枝分かれして迷いそう。
日も暮れ出し、寒い風も吹いて何となく心細くなる。
道路脇の「曽我兄弟の墓」もチラッと横目にして急ぐ。

芦ノ湯温泉に着くと、何軒かの大きな本格的な温泉旅館が目をひく。
しかし今日の宿は民宿で、それらしき建物が見当たらない。
ようやく探し当てたのは、やや大きめの住宅風2階建て建物。
玄関前の小さな看板がなければ、それと分からなかった。


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