No190 東海道 編(横浜市中区本町〜東京日本橋)

横浜からゴール地の東京日本橋までは約35km程で、一日で行けない距離ではない。
しかし、はやる気持ちをおさえて、二日かけることにする。
広重の「東海道五拾三次」でも、東京日本橋と神奈川宿(横浜)の間には、品川宿と川崎宿の二つが描かれている。
それで今日は、東京都大田区のJR蒲田駅前まで約18kmの旅。

心配した雨は夕方以降の予報で、まずまずの天気。
ホテルから大岡川を渡りJR桜木町駅前に向かう。
そこから、みなとみらい中央地区を南北に縦断するみなとみらい大通りを行く。
みなとみらい21プロジェクトは順調に進んでいるようだ。
計画された建築物が次々と建設されている。
かつて職場があった建物はなくなり、広い道路が開通していた。

横浜は明治以降の新興都市。
港と首都に近い地の利を活かし、新旧織り交ぜたまちづくりに積極的だ。
日本人の「ハイカラ」好みも巧みに取り入れ、時代の先端都市を演出し大勢の人々をひきつける。

シーバス乗り場があるみなとみらい大橋を渡る。
橋の欄干に、数羽のカモメがとまっている。
カモメまでも、ちょっとオシャレしてすまし顔。

みなとみらい大橋を渡って間もなく、第1京浜(国道15号)につながる。
第1京浜はJR東海道本線と私鉄の京急本線とくっ付く様に進む。
JR生麦駅近くで、「朝日湯温泉」の暖簾がかかる大衆浴場があった。
近代的なまちなみに慣れた目には、そのむかし馴染みの姿はやさしい。

第1京浜は、災害対策と思われる道路幅の拡張整備が続けられていた。
拡張分は緑地帯と歩道の広い空間になっている。
建物等の移転が進まないのか、拡張の整備が止まっている所で休憩をとる。

川崎市域に入って沿道の景観にあきた頃、万国旗を掲げた賑やかな通りが眼につく。
街灯には「平和通り」と書いた黄色い旗が付けられている。
その横道に入って写真を撮ったりして、やがて多摩川に架かる六郷橋を渡る。
対岸から川崎方向にカメラを向ける。
広重の「東海道五十三次 川崎・六郷渡船」の風景は、この辺りだろうか。
もしそうなら、高層ビルが立ち並ぶ方向に富士山が見えるのだが。

多摩川を渡れば、東京都大田区。
京急本線雑色駅の所で昼時になりファミレスに入る。
ビビンバ定食+コーヒー(950円)をオーダーする。

ここからJR蒲田駅前まではすぐ先。
ゆっくりランチを食べても、JR蒲田駅東口には14時前に着く。
そこから予約したホテルに行くと、なんとラブホテル。
電話帳では、ビジネスホテルのはず。
歩く旅最後の宿がラブホテルでは、なんともしまりが悪い。
キャンセルの電話を入れて、他の宿を探すことに。
たまたま蒲田駅横の「西口通り抜け通路」越しにシテイホテルの看板が見えた。
そこへ電話して予約するが、チェックインは16時だと云う。
仕方なくJR蒲田駅周辺を散策する。
その蒲田の第一印象は、まさに「ごった煮のまち」。
区役所等の行政施設、アーケード商店街、ピンク街、百貨店、スーパー、飲み屋街、ホテルとなんでもある。
ホテルも一流のシテイホテル、ビジネスホテル、ラブホテル、そしてカプセルホテルまである。
それらがごちゃごちゃに混じり合って、映画音楽「蒲田行進曲」がにぎやかに聞こえてきそう。
このまちは、ごちゃまぜが当たり前。
予約した最初のホテルが、ラブホテルとビジネスホテルの兼用ぐらいは驚くことではない。
次に予約したシテイホテルも、雑居ビルの中だった。
地上1〜2階はパチンコ店、3〜4階は焼肉。中華店で5〜8階がホテルといった具合。

街中で見かけたマネキンのファッションは、そんな蒲田を象徴しているようでパチリ。

夜ベッドの中で、広島県竹原から始った第4次の旅を振り返ってみる。
ところどころで印象が薄く思い出せないところがあってショック。
自分の記憶力が弱いのか、そこの印象そのものが薄かったのか。
四国を除くと、第1次から3次までの旅に比べ人と話す機会が少なかった気がする。
ホテルが多く、旅館や民宿の女将さんたちと話す機会も少なかった。
宿の女将さんの話は、その土地を知るうえで貴重なもの。
第4次の旅は、総じて黙々と歩くことが多かった気がする。

そんなことを思いながら、いつしか眠る。



夜、部屋の空調が効き過ぎて暑かった。
翌朝、そのせいか熱がある様なイヤな感じで少し身体がかたい。

パンとコーヒーの朝食サービスをとりホテルを発つ。
天気は曇りで少し寒く、身体も熱っぽい感じ。
今日も第1京浜を行き、品川水族館前から旧東海道の街道に進む。
北品川は、横浜単身赴任した時の宿舎があった。
それで、この辺りの街道筋は懐かしい記憶がよみがえる。

JR品川駅前に着いて、駅舎内のコーヒースタンドに立ち寄る。
温かいコーヒーでホッとするも、何となく元気がない。
昼食は蕎麦にしようとボンヤリ考える。
それから、もうすぐ日本橋だと、元気を出し腰を上げる。
品川駅近くにある第1京浜の横断歩道橋の上から周辺にカメラを向ける。
歌川広重の描く品川宿の海は、幾艘もの大型帆立船が浮かぶ。
いまでは海は埋め立てられ、巨大な高層ビルが林立する。

三田付近で小雨が降り出し、ビルの玄関下で雨宿り。
浜松町一丁目交差点でも雨宿り休憩。
それから先で、新橋のガード下をくぐる。
そば屋が見つからず、銀座八丁目交差点でコーヒー専門店に入る。
昼時で店内は混んでいて、ようやく席を見つける。
野菜ジュースとサンドウイチ(500円)を食べたが、珍しく食欲が出ない。
もしかして、今流行りの「ノロウイルス」にやられたかと心配する。
しかし、何と云ってもこの旅も今日で終わり。
ゴールも真近い、と気を奮い立たせて店を出る。

雨は上がり寒空だけど、やはり銀座通りは人通りも多く賑やか。
バッグを背負った旅姿は場違いだけど、人は気にする様子もなく通り過ぎる。

途中、使っている携帯電話の店があり入る。
電池が切れかかっていて、ここで10分程充電させてもらう。
それでも、日本橋には予定通り14時に着く。
友人の海老原君が笑顔で待っててくれた。
肝心の妻の姿が見えず周囲を探す。
なんと、反対側の歩道で「たばこポイ捨て」の監視服を着たおじさんとさかんに話し中。
こちらから手を振ってみるけど、一向に気づかない。
どんな顔で迎えてくれるか楽しみだったのに、ガッカリ。
ようやく気付いて、3人で記念の写真を撮り合う。
それから、近くの喫茶店に入って3人でおしゃべり。
日本一周徒歩の旅をやり終えた安堵感と喜びがジワジワと。
今回の第4次では96日間。
第1次からの延べ日数では410日間の旅。
喫茶店でも帰りの電車の中でも、何んとも云えないホッとした気持ちと達成感につつまれた。
今でもその時、どんな話をしたか全く思い出せない。


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