No22 ひたち・みちのく編(釜石市〜山田町)

釜石市から山田町・宮古市方面へ行くには、JR山田線に沿う旧道とその東側にショートカットして真直ぐ北上する国道45号線の二つの道がある。
国道45号線には、長さ1350mもある鳥谷坂トンネルがある。
それでも、一昨日の石塚トンネルを踏破した自信から、こちらの道を行くことにした。
ところが、昨日散策した中心市街地の道路を通って国道45号に入る手前で、「この先、歩行者は行けません」の標識が立っていた。
仕方なく引き返すと、釜石市役所第三分庁舎と書いた建物が目にとまった。
念のためと思って、中に入ってなんとかならないか尋ねてみた。
若い職員が出てきて、旧道の方を行くしかないという。
あきらめて行こうとすると、年配の職員が追いかけて来て「旧道にもトンネルがあって、そちらの方が危険だ。 どうしても歩いて行くなら国道を行った方がよい」と教えてくれた。
それから雑談になって、わたしが千葉の銚子駅から30日かけて歩いてきた話をした。
そうしたら、彼は「ちょっと待って」と云って庁舎の中に消えた。
どうしたのかと思っていたら、戻ってきて「いま、地元の新聞社に電話したら、記者が取材にくるというのでもう少し待ってほしい」と云う。
そして、「釜石市総務企画部情報推進課 課長 末永正志」の名刺をくれた。
私もちょっと慌てて自分の名刺を渡し「今はまだ旅の途中なので、取材は勘弁してほしい」と辞退させてもらった。
そして逆に、末永さんの写真を撮らせてもらった。

後日、この第2次日本一周徒歩の旅を終えて、末永さんにこの時の写真を送った。
すくにファックスが届いて、歩いて北日本一周の旅を完遂したことの驚きとお祝いの言葉が書かれていた。
さらに、40年近くボーイスカウトの指導者をしているので、子供たちに話す良い材料を提供していただいた、とまで書かれていた。
ほんの一瞬の出会いから、末永さんを通じて私の旅が少しでも子供たちの心に残ればこんな嬉しいことはないと思った。

鳥谷坂トンネルは、石塚トンネルと同じ位の路側幅だった。
トンネルを歩く恐怖は、身体の脇を走る車の風圧や騒音だけではない。
長いトンネルでは、車の排気ガスが歩行者の呼吸を苦しめる。
それで、昨日の休養日にコンビニでマスクを買った。
石塚トンネルの経験とこのマスクのお陰で、わりと苦労せず通過できた。

鳥谷坂トンネルを抜けてしばらく行くと、小さな入り江に出会う。
両石湾である。国道45号のすぐ下に、ここにもまた小さな漁港があった。
国道と下の道を結ぶ階段に腰をおろし、漁港とその先の両石湾をながめてしばし休息をとった。

この後、今日の宿がある山田町四十八坂海岸までに大小7〜8のトンネルを抜けた。
主だったものは、古廟坂トンネル660m、城山トンネル932m、吉里吉里トンネル407mである。
どういう訳か、城山トンネルだけは歩道が付いていて大いに助かった。

三陸の道は、トンネルを抜けると入り江が現われる、の繰り返しである。
次々と現われる入り江の風景は、それぞれ違った個性がある。
次第に、トンネルをくぐりながら次はどんな海が見られるのかと期待がふくらむ。
特に今日の行程はすばらしい眺めの連続で、シャターボタンを押す回数が多くなった。

上の写真は、吉里吉里の浜辺。下の写真は、浪板の海である。

吉里吉里の浜辺や浪板海岸は、船越湾の一部である。
浪板海岸の先にある四十八坂海岸を含む船越湾の眺めは絶景であった。

今日は、景色を堪能した旅だった。

四十八坂海岸の宿は、国道沿いにあって、すぐに見つかった。

気さくで感じのよい女将さんが出迎えてくれた。

宿泊客はわたし一人だけれど、写真のように心のこもった料理でもてなしてくれた。
夕食時も話し相手になってくれて、「国道ができるまでは、この辺りの道は沢山の坂があって、それで四十八坂海岸と呼ばれる」等といろいろ話してくれた。



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