No26 ひたち・みちのく編(田野畑村〜野田村)

昨日、平井賀の宿に向かう途中の海で、観光船を見かけた。
すこし海霧かかった淋しげな海に、どうして観光船が運航しているのか不思議だった。
宿で調べると、北山崎と呼ばれる名所を巡る船だという。
北山崎は、高さ200mの断崖が8kmもつづく隆起海岸で、その雄大な眺めは海のアルプスと呼ばれるそうだ。
そしてそれは、平井賀の宿から少し先にある弁天崎からはじまるという。
今日の旅は、その隆起海岸に沿うシ―サイドラインと呼ばれる道を行くことになる。

宿を出ると、すぐにきつい上り坂になった。数十分して振り返ると、左記の写真の景色だ。
上りの道は、北山崎の断崖の末端にある黒崎灯台の入口までつづいた。
この日は一日中くもりで、気温は5月の中頃というのに4度〜7度と低かった。
途中、身体を休めようと動きを止める、するとウインドブレーカーを着ていても寒くなってしまうのだ。

隆起海岸に波が押し寄せる雄大な眺めをカメラに収めて、しばらく行くとトンネルに入った。
それを抜けると、断崖の隙間に隠れるように築かれた小さな漁港に出会った。
荒々しい外海に比べて、そこはプールのような海だ。
こんな険しい地にも、多くの人がひっそりと、しかしたくましく海に生きている。
そんな想いを抱かせるシーンもところどころあって、単調な道にいろどりを与えてくれた。

歩き始めて1時間少しで、北山崎にでる遊歩道入口の標識が建つところに着いた。
しかし、遊歩道は険しそうで、とても寄り道する気にならなかった。

シーサイドラインの道は、時には海を見渡せる場所があるかと期待した。
そんな期待は裏切られ、おまけに腰をおろして休むところもない道がつづいた。
人影もなく、車もたまにしか通らないアップダウンを繰り返す道をひたすら前に進んだ。
まもなく、「ようこそ、北緯40度東端の村へ」と書いた大きな看板が目に飛び込んできた。 ここが田野畑村と普代村の境界だった。
北緯40度にどんな意味があるのかと考えている間に、黒崎灯台入口まで来た。
そこには、普代村の「北緯40度記念ハウス」というのがあった。
ハウス内は、だれもいなくて、特別なものはなかった。
しかし、風雨をしのぎ腰をおろして休める格好の休憩場所で大助かりだった。

黒崎灯台入口からは下り坂になった。

ようやく坂道を下ると、大小の岩でごつごつする海岸線になり、ところどころコンクリートのデッキでつなぐ道になった。
やがて、小さな漁港が見え、そこは大田名部港といった。
昼時で、うまいぐあいに食堂があった。
いろんな酒びんがならび、漁師町らしいちょと豪放な感じの店だ。
親子丼を食べ、コーヒーを飲みながら、港に出入りする漁船を眺めていると、旅をしている実感がわいてきた。


そこからまもなくシーサイドラインは国道45号につながった。
国道沿いは普代村の中心市街地になっていた。
しかしすぐに山道になった。
途中、体育館や野球場のある普代海洋センターという所で休憩した。
そこを発ってしばらくすると、視界が開けて海と鉄道駅がみえた。
三陸鉄道北リアス線の掘内駅だ。
三陸の鉄道では珍しく国道より下に駅がある。
駅まで下りて行って、ホームの待合室で休んだり、周辺の風景を撮影したりした。

掘内駅から国道に戻り少し行くと、野田村になった。
そこから今日の宿まではすぐだった。
しかし、宿は高台にあり、この最後の上り坂が疲れた身体には一番こたえた。

高台の宿は国民宿舎で、鉱泉の大浴場があり、部屋から望む太平洋の眺めも壮大でくつろげた。

次の日の朝、天気予報では雨の確立50%だった。
腰の疲労具合から雨中行はきついと考えて急遽、連泊することにした。
フロントにその旨告げたらOKだという。
さらに、今日の宿泊を予約していた久慈市のホテルにも電話すると、明日に予約を変更してもOKだという。
安心して今日一日、この宿で連泊し身体を休めることにした。

この日は日曜日で、宿泊客はわたしと男性二人組の3人だけ。
ところが、夜9時ごろに大浴場に入ったら、人がいっぱいだ。
鉱泉の浴場は、宿泊客以外に地元の人にも利用できることになっているようだった。



Back

Top

Next