No30 ひたち・みちのく編(野辺地町〜むつ市)

野辺地町の宿を発つとき、女将さんが干しホタテを袋いっぱいに入れて渡してくれた。
「こんなにイッパイも?」というと、「悪くなるものではないから持って行って」と云われて、全部いただくことにした。
昼時になっても食事をする店がなく、休憩の時にそのホタテをポリポリ食べたら美味しくて三分の一ほども食べてしまった。

歩き始めてすぐに雨が降り出した。
昨日はあんなにきれいに見渡せた陸奥湾は、小雨の中に沈んでいた。
おまけに、沿道は廃業したレストランや喫茶店が目立ち、荒涼とした風景が続いた。
やがて山道に入ってしばらくすると、雨の中、自転車の車輪か何かを修理している人に出会った。
近づいてみると、ハンドルの前に「日本一周の旅 9周目」と書かれた段ボール紙が括り付けられていた。
話しかけたら、「自転車で、もう9年も日本一周の旅を続けている」というS氏だった。
新聞にも2回ほど記載されたそうだ。
しかし、話すうちに「いま、一銭も金がなく、水しか飲んでいない」とか、「500円あれば自転車の修理具が買えるのだが」と何度もいう。
なんだかお金をせびるようになり、興ざめになってしまった。
千円札を1枚渡して、早々に別れることにした。

ところが、わたしも日本一周徒歩の旅を終えた次の年に、S氏とひょんな所で再会した。
横浜町で出会ってから2年半ほど経っていた。
私用があって、車で妻と栃木県の宇都宮に出かけ、途中の「道の駅にのみや」に寄った時だった。
自転車に括り付けられた「13回目の日本一周中」と書いた段ボール紙が目にとまった。
わたしは、すぐに横浜町で出会ったひとだとピンときた。
S氏は、近づいたわたしをすぐには想い出せなかったようだ。
わたしが、下北の横浜町で会ったと話したら、ようやく思い出したようだ。
そして、「お金がなくて、ここで働く場所を探すつもりだ」といってまたお金をせびる様子になった。
なにか「日本一周の旅」を食い物にしているようでいやな気持になった。 それで先を急いていたこともあって、そのままその場を去ってしまった。

しかし、後になって日本中を動き回っているS氏に2度も遭遇するとは、奇跡だと思うようになった。
そんな縁を余りにもおろそかにしてしまったのではないかといまは反省している。

旅は日常から離れることに楽しみと意義がある。
しかし、長く旅を続けていると、旅そのもが日常生活になってしまう恐れがある。
そしていつしか、もとの普通(日常)の生活に戻れなくなるのだ。
わたしも日本一周の旅で、ほんの少しだけれどそんな恐れを抱いたことがあった。
長期の旅は、そんな魔力を秘めているのだ。

相変わらず小雨が降り続いた。
しかし、雨を避け腰をおろして休む場所は、なかなか見つからず歩き続けるしかなかった。
そんななか、バス停の待合室は格好の休憩場所だった。
ところが、鉄道の無人駅の待合室がそうであったように、ここにも「テロ対策特別警戒実施中 不審者を発見した場合には○○○○へご連絡ください」 の張り紙がしてある。
4年ほど前の2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件以来、日本でもこうした過敏な対策がとられているのだ。
わたしが休む度に、こうした張り紙を目にすると不審者として追いかけられているような気がしてくる。
なんとも落ち着かなくなって、そそくさと立ち去ることになってしまうのだ。

今日の旅は、30kmほどあったけれど雨で休む回数が少なかったので、横浜町の宿の近くには16時半ごろ着いた。
町役場の近くから宿に電話して道順を尋ねようとしたが留守だった。
近くの農協事務所で場所を教えてもらい宿に着いた。
そうしたら丁度女将さんも帰ってきたところだった。
部屋は4畳半と狭いけれど、女将さんは非常に愛想よく、すぐに部屋を暖め、お風呂を沸かし、なにかと世話をしてくれた。
夕食の時も、話し相手になってくれた。
完璧な方言で意味が半分くらいしか分からなかったけれど、楽しい会話だった。
女将さんは昼間はホタテ工場で働いており、宿が忙しいと工場も忙しかったりする。
そして、今のように両方がヒマだとまた困ると、明るく笑って話してくれた。


翌日は、くもりで5月も下旬なのに気温は9℃と低かった。
今日も、陸奥湾に沿ってJR大湊線と並行する道だ。
道路沿いには、風雪を防ぐ板柵や鉄柵が設置されており、北国の冬の厳しさを思い知らせてくれる。
この地方の雪は、天からではなく地から舞い上がってくると何かで読んだ気がする。
そうした寒々とした風景が一転することがある。

広大に拡がる菜の花畑に出会うのだ。
菜の花は、横浜町の特産品として、また景観作物としても活用さているそうだ。
「菜の花の町 横浜町」が町のキャッチコピーである。
この華やかな黄色は、いっとき沈んだ旅人の気分を明るくしてくれた。
シャターボタンを押す機会も多くなって、先に進まなくなる。

やがて、前方にきわだつ山容が現われてきた。
日本三大霊山のひとつで、高野山、比叡山と並んで名高い恐山である。
遠くから眺めても、なにか神秘的な雰囲気が漂ってくるようだ。
恐山目指して歩くうちに、むつ市の市街地に入った。
今日の宿は市街地の中心部にあるホテルなので、すぐにわかると思った。
しかし、通りがかりの人に尋ねがら行ってもなかなか分かりにくかった。
やっと着いたホテルは、都会的な最新のビジネスホテルで快適ではあった。
だが、良くも悪くも下北の風土にひたってきた気分が、いっきょに日常に戻されたようで味気ない気もした。




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