No40 北の大地 編(鵡川町〜新冠町)

鵡川町の宿に連泊した翌日は、天気は曇りだけれどまずまずの天気だ。
女将さん姉妹に見送られて元気に出発した。
今日の旅は、鵡川町から門別町豊郷まで約25kmの行程である。

鵡川町の市街地を抜けて国道に出ると、すぐに町名通りの「鵡川」に架かる大きな橋を渡る。
そこからしばらく行くと、沿道に次々と緑豊かな牧場が現われる。
そのほとんどは、サラブレットを産出する馬牧場だ。
地方競馬の低迷で牧場経営は厳しい状況だと地元テレビで報じていた。
観光牧場だったのか、シャレたハウスが建ち並ぶ牧場に、赤い字で「売牧場」 の看板が立っていた。
やはりそうかと、厳しい現実を見た想いで暗い気持ちになる。

それでも今日は、休憩したい時にバス停やドライブインがあったり、また用を足したい時にタイミング良く公衆トイレがあったりと ラッキーな想いが続いた。
さらに、圧倒的な緑の牧草の拡がりが、次第に心を明るくしてくれた。
富川と云うまちで昼時になって、ちょうどラーメン店があった。
味噌ラーメンが美味しかった。

門別町(現日高町)の中心市街地を抜けると、左側は緑の牧場が、右側に太平洋の海原を見渡す道が続く。
それが突然前方の視界が開けた。
白い波が打ち寄せる海岸線、点在する人家、広大な拡がりを見せる高原、遠くに連なる山々のパノラマだ。
左記の写真では、イマイチ感じられないかもしれないが、その時の感動は強烈だった。
今日の宿は、あの高原の中らしい。
旅のコースから3kmほどもそれた場所にあるが、この付近ではそこにしか宿がとれなかった。
坂道を下ると、細い道が接続するところに「ユースホステル」の看板と矢印が建っていた。
夢民村というおもしろい名前のユースホステルだ。
しかし今日の宿は、同じ名前の民宿の方だ。
予約の電話をユースホステルにかけたつもりが、同名の民宿の方だった。

少し心細い感じの道を行くと、広々とした美しい牧場が現われた
旅人が珍しいのか、馬たちが柵まで寄ってくる。
牧場には、競馬場と同じようなコースと発走ゲートまで造られている。
そんな風景を写真に収めながら行くと、森を背にした大きなログハウスが二つ現われた。
ひとつがユースホステルで、もうひとつが今日の宿の民宿だった。

夢民村の宿を民宿にした偶然が、思いがけない幸運をもたらしてくれることになった。

ログハウスの宿は、開業して23年になるという。
宿のご主人夫婦が、自然志向の哲学を持っておられることをいたるところで感じさせてくれる。
この宿には、泊り客の写真が全部保管されている。
わたしが宿に着いたとき、60歳代のご夫婦がリピーターで泊まり、帰り際に息子夫婦も前に泊ったと云って写真で確認していた。
そこへ20年前に泊ったという男性が、奥さんとキャンピングカーで北海道を巡っていて、近くに来たのでと挨拶しにやって来た。
いきなりこんな場面に出くわし、思わず気持ちが膨らむ。

夕食は、そんな期待以上の楽しいものだった。
今日の宿泊客は、夫婦一組と男性客3人の全部で5人だ。
食事のメニューは、上記の写真のように自然志向の健康食でしかもちょっとオシャレだ。
5人がおいしく食事を終えると、宿のご主人夫婦も入って飲み会になった。
宿泊客の話を聞いていた女将さんが、「あら珍しいこと、車、バイク、自転車、そして徒歩の旅人が揃ったのね」と声をあげた。
車の甲斐さん夫婦、バイクの喜多さん、自転車の酒井さん、徒歩の私の5人も、その奇遇にハッと顔を見合わせた。
甲斐さんは、ランドクルーザーにパラグライダー(エンジンとファン付きのハングライダー)を積んで、 思い思いの場所で上空からの眺めを楽しみながら北海道の旅をしている話をする。
喜多さんは、バイクで疲れてくると眼を開けて眠りながら運転することができると、ウソかホントか分からないことを面白く話される。
自転車の酒井さんは、とにかく北海道は寒かったと想い出しても身が震える体験の幾つかを披露する。
そして私は、夕食がインスタントラーメンとライスだけだったあの宿の話をする。
この宿の話には、一同信じられないと憤る。
それを宥めるように、わたしが「それでも、この宿のお陰で歩く旅が続けられたので怒る気にならない」という。
するとこれまた、みんな驚いて「歩いて旅をするとこんなに人間ができてくるのか」といって大笑いになる。
そんな話で、楽しい飲み会となった。

甲斐さんは、その1〜2年後、今度は一人でバイクを駆ってシルクロードを走破された。
自分も少し変ったことをすると思うけれど、世の中、さり気なくすごい事をする人がいるもんだと思う。


翌日の朝、宿泊客全員がそれぞれの旅立ちの服装で記念写真を撮った。
そしてそれぞれの旅の幸運を願って出立した。
昨日通ってきた牧場では、またも馬が近寄って来て見送ってくれた。

夢民村から国道235号線に出ると、そこから今日の宿がある新冠町まで一直線の道だ。
左側は牧場で右側は日高本線と太平洋といった景観が続く。
時折り休憩場所となる日高本線の鉄道駅は、バス停の待合所より質素でかわいらしい。

午前中は快調だった足取りが、昼頃に何かの拍子で右腰にギクッときて重くなった。

それで道端にシートをひろげて、宿でいただいたおにぎりとバイクの喜多さんが差し入れてくれたパンの昼食をとった。
そしていつもより休憩を多くした。
特に鉄道駅では、誰もいないホームに立ってどこまでもまっすぐ延びる線路を眺めて時を過ごす。
こんな時は、北の大地に来たのだという実感がふつふつと湧いてくる。

新冠町の宿は、JR新冠駅南側の広い道路沿いにあった。

宿の女将さんは、風邪をひいたとかで元気がなかった。
そうすると、こちらも元気がなくなるのか、夕食の晩酌をする気もなく食事だけにした。
白猫が一匹いて、21歳だという。
昨年、姉猫が亡くなって、こちらも元気をなくしているという。
この歩く旅に出る前の3月に20歳で亡くなった我家の三毛猫「ホームズ」を想い出してしまった。




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