No51 北の大地 編(弟子屈町川湯〜小清水町浜小清水)

川湯温泉の朝は晴れだった。
階下の食堂に降りて行く時、少し腰にギクッときた。
荷物を背負っていない時にこうなるのは、腰が張っているからでイヤな予感がした。

宿で昼食用におにぎり弁当を作ってもらい、自販機で買ったポカリスエット一本もバックに入れて出発する。
このいつもより少し重い状態が影響したのか、いくらも歩かないうちに腰に痛みが走った。
その痛みは歩みを止めても続き、今日こそは動けなくなるかと思った。
足のマッサージをして痛みが消えると、慎重に歩み始める。
歩はゆるくして30分毎に休みを入れる。
幸いだったのは、天気が良かったことと休みたい時にシートを敷いて腰を下ろせる場所がタイミング良く見つかったことである。
弟子屈町と小清水町の境界にある野上峠でも、道路脇の草地が格好の休憩場所だった。
この峠でひと息ついてさらに、ここから望む屈斜路湖の神秘な眺めに励まされて、また歩き始める。

それからの道のりはまだ遠かった。
何度も休憩をとりながらも相当にへばった頃、なだらかな丘陵地に牧草地が拡がる見晴らしの良いところに出た。
さっそくシートを敷いて大の字に寝転んでみた。
とても気持ち良く、しばらくこうしていると疲れが大地に滲み込んでいくようだ。
これが効いたのか、これ以降、歩みを速めても腰痛が起きることがなかった。

もうひとつ、この苦しい旅路で励ましてくれたものがある。
それは、路傍に咲く美しい草花である。
腰を下ろしたとき、寝転んだ時、真近くに飛び込んでくるその姿に釘づけになった。


そうやって、小清水町の市街地入口に辿り着いた時は、本当にうれしかった。
写真のように、沿道には赤と黄色の花がずーと植えられて、歩いてくる旅人を歓迎してくれている、かのようだ。
宿に着いた時は、予定より大幅に遅れて18時近かった。
宿は最新の設備を備えたきれいな大きなビジネス旅館だ。
女将さんは普通は洋室のところ、わたしの希望を聞き入れてわざわざ広い和室を用意してくれた。


次の日は晴天だった。
天気の良い日は、出発したい気持ちが強い。
しかし、昨日の腰の状態から、今日は休養すべきと決める。

この旅では、「無理をしなくともすむ時は無理しない」を鉄則にしている。
それでも、ややもすると頑張ってしまう自分に苦笑してしまう。
連泊を決めて、朝食をとり洗濯し、朝風呂で身体をほぐし、それから昼頃までぐっすり眠る。
よくもまあ、こんなに眠れるものだとあきれる。

目覚めると、やはり身体はカルイ。
休養日のいつものように、昼食を兼ねて市街地の散歩に出かける。
町役場がある市街地としてはこじんまりとしている。
食事処が見つかるか心配だったけれど、中華と和食の店と云うのがあり入った。
食堂の主人が話しかけてきたので、千葉県の銚子から歩いて旅をしていると話したら呆れたと云った顔だった。
酢豚定食を頼んだつもりが、単品の酢豚にサラダ、おつゆ、ご飯が出て1050円だった。

店を出て町をぶらぶら歩く。
小さな町だけれど、当たり前なたしかな暮らしがある。
ふと、自分がこの土地に暮らしたら、どんな生活をするだろうかと思った。
だが、通り過ぎるだけの旅人には想像すらできないことだった。

宿の女将さんが、夕食に花咲ガニを一匹どーんと出してくれた。
ところが、これは見掛け倒しの「月夜の蟹」でがっかり。
女将さんも悔しがることしきりだった。


小清水町から次の目的地網走までは35kmぐらいで一日で行ける距離である。
しかし、まだ腰が万全でないので無理しないことにした。
電話帳で調べると、途中の浜小清水と云うところに宿が見つかった。

それで今日は、小清水町浜小清水まで十数キロの短い旅になった。
ところが天気は曇りで気温が低く少し寒かった。
そのせいか、休み明けなのに身体が重い。
それでも救いはあるもので、道中ではすばらしい眺めが続いた。
味わい深い色彩の絵画を観るような風景に、たびたび足が止まってカメラを向ける。

さらに道中右側には、いつも斜里岳が雄大な姿で顔を出す。
やがて雨がパラパラしてきた。
どうしたものかと思った時、北陽小学校前にバス待合所がありそこに飛び込んだ。
雨が強くなり、雨宿りを兼ねて休憩することにしたら少しウトウト眠ってしまった。
雨が止んで、そこから2〜30分歩くとそば屋があり、昼時なので店に入る。
かき揚げそば(600円)が、温かく身体に沁みて美味しかった。

店を出て10分位で、「はまこしみず」の名称がつく、道の駅と鉄道駅に着く。
その近くの丘には、フレトイ展望台があり、登ってみることに。
展望台は結構大きなピラミッドの様な形の建物だ。
建物に入り、展望回廊に出るとオホーツクの海が眼前に広がる。
オホーツク。日本の北の果ての海。
子供の頃、地図を見ながらため息が出た程の遠い遠い海だ。
まさかそんなところまで歩いて行くなど、想像すらできなかったことだ。
そんな感慨にふけりながら、重く沈んだような海を眺めつづけた。

眼を北から南に転ずると、先ほど着た「浜小清水」の駅や遥かに知床半島が見える。
おもわず、
知床の岬に  はまなすの咲くころ
想い出しておくれ  俺たちのことを
飲んで騒いで  丘にのぼれば
遥か国後に  白夜は明ける
とくちずさむ。
この歌は、森繁久弥作詞・作曲で、1960年から70年代に本人や加藤登紀子が歌って大ヒットした。
旅のロマンを濃縮させたような歌で、わたしも大好きな歌だ。

今日の宿は、フレトイ展望台からほど近い涛沸湖畔にあった。
天然温泉付きの民宿だ。
さっそく温泉に入って、部屋で布団を敷いて眠ったらだいぶ元気になった。


次の朝起きてみると雨だった。
昨夜の天気予報ではくもりなので、今日は網走へ出発するつもりだった。
雨は止みそうになく、ずいぶん迷ったが出発を諦めて連泊することにした。
どう考えても、腰に張りが残っていて無理をしない方がよい気がする。
一方で、ただ休むことが本当に良いのかの不安もある。
緊張がゆるむことによって、かえって疲労が一気に吹き出てしまわないかと。

そんな迷いを打ち消し、連泊して天然温泉に浸かり疲れをとろうと決心する。
それで、温泉に浸かったり、窓から雨にけぶる涛沸湖畔を眺めたりして過ごす。
ただ、昼頃に雨が小ぶりになったので道の駅近辺に出かけた。
食事処でカツカレー(750円)を食べ、道の駅でコーヒー(350円)を飲み帰る。

この宿の宿泊客はわたし一人だけれど、温泉の日帰り客は随分とやって来る。
車のナンバーから見ると、周辺市町村が多い。
地元では人気の温泉なのだ。



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