No62 北の大地 編(豊富町〜遠別町)


今日は、豊富町大通から天塩町新栄通まで約34kmのロングな旅だ。
宿を出てすぐのコンビニで、おにぎり3個とポカリスエットそれに飲料水と二つのペットボトルを買う。
天気は一日中濃霧が続き、お陰で涼しく歩くのに程好い。
途中に名山台展望台(203m)と云うところがあった。
登ってみようかと思ったけれど、濃霧で眺望の期待が持てず取りやめる。

下沼というところで、人気のない建物の玄関軒下で休憩する。
腰を下ろして右前方に眼をやると、草木の中に銅像らしきものがある。
何だろうと近づいてみると、薪を背負いながら本を読む陶製の二宮尊徳像だ。
こうした像は、全国の小学校にある。
もしやと思って周辺をよく見ると、草に覆われた校庭らしきものもある。
もう何年も前に廃校になったようで、腰を下ろしたところは校舎の玄関だったのだ。
小学校は、地域コミュニテイの核になるものだ。
その小学校を、このような姿で眼にするのは悲しい。

やがて、懐かしい天塩川と再会する。
名寄から音威子府に向かう旅では、なじみの大河だった。

天塩川を渡った土手にモニュメントの様なものがあり、その下で自転車を携えた3人が食事中だった。
近づいて一緒に食事しようと挨拶する。
すると、茨城県古河市の井上さん一家で、ご主人、奥さん、小学6年の息子さん3人で自転車旅行中という。
家族で釧路から稚内まで自転車で旅をしている。
スケジュールが残り1日となり、宗谷岬まで行けなくてノザップ岬までになりそう。
そこで自転車は自宅に送って、稚内空港から帰る等と話してくれた。
こんなところで同県人に会えるなんて、と何だかとても嬉しかった。
ご家族の写真を撮り、後日必ず送ることを約束する。

旅を終えて、約束通り写真を送ると、丁寧な返事が届いた。
わたしと会った時は家族3人で帯広で買った携帯食(ハンバーグみたいなものやマシュマロ)を食べていたという。
ところが、そのまずさに3人で無言になっていたところに、わたしが現われたそうだ。
わたしとの会話でまずい味を忘れることができた。
そして、わたしが食べるおにぎりがとても美味しそうにみえたという。
それで、わたしと別れた後に、わたしがどこでおにぎりを買ったかと、道沿いで店を探したが見つけられなかったとも書かれていた。
これを読んで、おもわず笑ってしまった。
わたしは私で、ずーと昼食はおにぎり続きなので、井上さん達の食べてるものがとても羨ましかったから。

井上さん一家と別れて直ぐに、道は三叉路になる。
そのまま左に国道40号を行けば音威子府に至る。
右の国道232号で今日の宿がある天塩町に向かう。
そのころから霧雨になり、宿に着いた時は全身がグッショリと濡れてしまった。
天塩町の宿は、最新の設備を備えたきれいなビジネス旅館だった。
濡れたズボンや靴は、ボイラー室で乾燥させてもらった。


次の日の朝、朝食に天塩名物しじみ入りの味噌汁が出た。
わたしの大好物なので、うれしい想いと元気が湧いてきた。

今日も何かいいことがある予感がした。
更岸と云うところで自転車に乗った子供たちと出会った。
にぎやかに楽しそうな子供たちに声をかける。
更岸小学校の5・6年生で、先生に連れられて釣りに行くところだと云う。
それではと、先生も一緒に全員の写真を撮らせてもらう。
後日、小学校に全員分の写真を送ったのは云うまでもない。

今日の天気は、全道的に晴れで気温は30℃を超えるが、ここ留萌地方だけは25℃と比較的低い予報だ。
歩き始めると、風もあって歩きやすい。
日本海からの涼しい風が、緑の輝く草原をなびかせて渡って行く様子は何とも心地よい。
遠くには、この風を受けて発電する巨大な風車が何台も見える。
さらにはるか遠くに、利尻富士が顔を覗かせている。

休憩するのにも、バス待合所等の適当な場所があって困ることがなかった。
この平原の道には、道端にどこまでも続く防風雪柵が設置されている。
後半は気温が上がって来たけれど、この柵がつくる日陰が体力の消耗を和らげてくれた。

そんなこともあって、今日は4km歩く毎に15分の休憩をとるペースで快調な旅だった。
遠別町の宿は、市街地入口のガソリンスタンドで尋ねると親切に教えてくれ、直ぐに見つけられた。



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