No63 北の大地 編(遠別町〜苫前町)

遠別町の宿の朝食で、女将さんがスイカを切ってくれた。
今年初めて食べるスイカでおいしかった。

今日も曇りで時々小雨が降る天気だ。
それが程良い涼しさとなって歩きやすい。
昨日までの道では、日本海は遠くにチラチラと見えるだけだった。
今日は波音も聞こえる近さで、海を眺めながら歩く。
くもり空のせいか、日本海はぼんやりした薄墨色に少しみどり色がかって見える。

今日も、バイクや自転車で旅をする多くの若者にであう。
「若者は宗谷を目指す」と思わず言いたくなるほどの盛況だ。
みんなすれ違う時は、声をかけたり、Vサインして挨拶を交わしてくれる。
たったそれだけのことで、お互いに励まし合い、元気になれるのだから不思議だ。
一方で、観光バスはめったに目にしない。

昼時になって、遠別町のコンビニで買ったおにぎりで、昼食をとる場所を探した。
平屋の無人になった民家のような建物があり、その玄関の軒下が格好の場所にみえる。
近ずくと、写真のように「大沢小学校」と書かれた木製の柱が立っている。
ここも廃校になった小学校だった。
ちょっぴり、ほろ苦い昼食となった。

そこからしばらく行くと、高台に屋根はみどりで壁は赤茶と派手なデザインの建物が眼に入った。
高台に上がって確認する元気がなかったが、どうやら学校のようだ。
後で調べると、そこは「豊岬小学校」だそうだ。
小学校が統合されて、こうした立派な小学校が建てられたのだろうか。
わたしには、この小学校だけは廃校にしないと云う、地域の願いを込めた建物に見えた。

ここ豊岬では、この日は岬まつりで演歌歌手の山本譲二他が来演し、沢山の乗用車が集まっていた。
豊岬の公園の東屋で休憩し、1時間もかからないで初山別村の今日の宿に着いた。

初山別村の旅館は、水廻り施設が最新の洋式設備で気持ちよかった。
それに、部屋の前には花や家庭菜園のある広い庭がある。
部屋で疲れた身体を横にして、その庭を眺めていると身も心も和らぐ。
この宿でも、ご主人から例の歩いて北海道一周の旅をしている田崎さんの話が出た。
田崎さんは、遠別町で野宿をし、朝起きたら歩けなくなったという。
なんとか初山別のこの旅館まで着て、ここから3日間、病院に通いハリ治療を受けることになった。
回復後は、キャンプ用具は自宅に送って、野宿しない旅に切り替えて出発されたそうだ。


次の日は、晴れて暑くなりそうだった。
初山別村にはコンビニはないと云うので、宿で麦茶と水を二つのペットボトルに入れてもらう。
そして、日焼け止めクリームを腕に塗りTシャツ姿で出発する。

暑さを心配したが、歩き始めは久し振りの晴天で気持ちよく快調に歩く。
日本海は、海面が白く光るところとそうではないところが帯状に入り混じって不思議な色合いだ。
これは、潮の流れが複雑に影響し合っているためかと思いながら歩く。
だがそんな幸福な時間は短かった。

出発して1時間ぐらいで、じりじりとした暑さになってきた。
おまけに、休憩したくても日陰が見つからない。
やむなく、雨傘を取り出して日陰を作り休息することに。
そんな休憩を何度かとり、20km程歩いて羽幌町に着いた。
比較的大きな市街地なので、食事処があると思い探した。
しかし見つけられたのはコンビニだけだった。
そこでカツ丼弁当を買って、その店の横の日影で昼食をとる。

それでも昼食後の道は、民家や防風雪柵等の日影があって、予想外に疲労感が少なかった。
道の両側は、刻々と表情を変える日本海と反対側の丘陵地には大きな白雲が湧きあがっている。
その変化に富んだ風景が次々と現われ、暑さを忘れてカメラを向ける。
今日も自転車の前後に旅用具を満載して走りゆく、何人もの若い男や女性とすれ違う。

今日の宿がある苫前町の市街地の手前に栄浜というところがあり、そこに海水浴場があった。
予想以上に順調に進んだので、ここでバッグを下ろし、浜辺に出てみる。
本土で見る海水浴場からみると、こじんまりした浜辺だ。
それでも、一瞬の夏を思い切り楽しもうと人が集まっている。
日本海の味を確かめようと、海水をなめてみる。
水は温かく余りショッパイ味はしなかった。
砂遊びしている子供たちにカメラを向けると、ワ―と集まってきてくれた。
しかし心なし、寒そうな顔つきだった。

苫前町の旅館では、歩いて日本縦断する若い女性の話が出た。
話の内容からすると、長万部で2日違いですれ違った女性のようだ。
彼女は丁度、足にマメができて苦しむ頃で、かなり苦労していたという。
また彼女は、旅の途中に友人の結婚式に出るため、一度札幌に戻るとも話したそうだ。
歩く旅も、いろいろである。


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