No70 北の大地 編(岩内町雷電温泉〜長万部町)

今日は岩内町雷電温泉から黒松内町JR黒松内駅前まで30kmを超える旅だ。
この旅の計画を道路地図をみながら練った時、苦しい行程になると予想したワースト3のひとつだった。

雷電温泉のホテルを出て国道229号を行くと、すぐに延長2740mのトンネルに入る。
暑い日なので、トンネル内は涼しく快調な出だしだ。
そのトンネルを抜けると岩内町から蘭越町になった。
そして沿道は、右側にあった日本海が見えなくなり山野となった。
道沿いにテント張って、オバサンがトマトを並べて売る店があった。
「百円で3個ぐらいもらえませんか」というと、オバサンはお金はいいよと渡してくれた。
こちらから言い出したことなのでと、百円硬貨を一枚渡す。
すると、こんどは黄色いプチトマトを幾つもくれた。

そこでトマトを食べてしばらく行くと、蘭越町物産店「シェルプラザ」と云うのがあった。
中に入ると軽食コナーの様な所があり、そこでコーヒーを飲むことにする。
まだ朝の時間で客はわたし一人だ。
それで自然と店員の女性と会話を交わすことになった。
わたしが話す旅のことや写真に心地よく反応してくれて、思いがけなく長話になった。
今日はロングな旅なので、ここで長居をしてはと心残りながら腰を上げる。
記念の写真をというわたしに、気持ち良くポーズをとってくれた。

後日、この写真を送ると、お礼の言葉とこの年の10月に物産店が「道の駅シェルプラザ港」になったとあった。

「シェルプラザ」を出てすぐに、尻別川と云う大きな川を渡る。
そして、小さなトンネルをくぐると、また海沿いの道になった。
町の名も、寿都町磯谷となる。
道の海側には、防風雪柵の鉄柱なのか白い柱がマストのように並んで立っている。
その向こうには、紺碧の海がひろがっている。
道の反対側は、白い列柱柵に守られるのか、柵の無い民家が建ち並ぶ。
しかし、人の影も声もなく沈黙したかのような道を歩む。

そんな道でも数軒の食事処があり、昼時になってドライブインにはいる。
カツ定食をオーダーすると、普通のカツ定食に明太子や煮物も付いてボリューム満点だった。

海が大きな川のように見える寿都湾沿いに、「鰊御殿」と書いた灯り看板のある大きな民家があった。
小平町の「花田家番屋」を見た目には、余り気を引くことがなく写真だけ撮って通り過ぎてしまった。
後日、これは明治12年に建てられた釘を一本も使っていない歴史的建造物だと知る。
ここの「鰊御殿」は、番屋を兼ねた網元の家ではなく、鰊関連の商売で栄えた豪商の家だという。
全建材を集めるのに3年、建築に4年、総工費が当時で7万円だったそうだ。
当時、この地域がいかに鰊漁で沸騰したかを物語る記念物なのだ。
そしてまた、「栄華盛衰の理」をも静かに語っている。

寿都湾の奥深くで黒松内町になり、地方道9号線との交差点に着いた。
ここで雷電国道229号線を離れて、この地方道9号線で内陸の道をたどる。
すでに午後4時頃となり、疲れた身体を励ましてひたすら歩む。
黒松内町の市街地に入ると、まちは夏祭りの飾り付けで慌ただしい雰囲気だ。
今日の宿は、JR函館本線黒松内駅の真ん前にあった。
大きく家紋と旅館名を入れたサイン塔には「Since 1870」とも書かれている。
歴史のある旅館の様だが、建物は現代風の大きな2階建てになっている。
夕暮れ時に辿り着いた旅人を、若い女将さんが明るく迎えてくれた。
建物の内部は、その女将さんのセンスを感じさせる花や観葉植物等が飾られ、きれいで気持ち良かった。


次の日の朝、目覚めると身体が重く、ここ黒松内町の旅館に連泊して休養しようかと思った。
しかし、天気予報では、明日と明後日は雨だと云う。
それで今日の良い天気を無駄にしないで長万部まで行き、そこで休養しようと決める。

宿を出て再び地方道9号線を行く。
JR函館本線を2度横断すると、懐かしい国道5号線に出会う。
5号線に入ってすぐ右側に、JR蕨岱駅がある。
ここも無人駅でおもちゃの国の駅のようだ。

そこから長万部のまちまで15kmの道は、本当に遠かった。
北海道を一周して、84日振りにあの懐かしい長万部のまちに戻るのだ。
それも、もうすぐそこだと気持ちだけがはやる。
だが、足は重く思うように動かない。
少し気を鎮めようと、廃屋の様な建物の日影で休憩する。
ひと休みして立ちあがり、振り返った時、猫と目があった。
廃屋に取り残された招き猫だった。
その猫の目は、まちや通りの様子をうかがうように。
また自分を見捨てて去った、主の行く末を案じているかのようだ。

国道5号線と長万部から室蘭に向かう国道37号線の交差点にやっと着いた。
この時は、本当にうれしかった。
ここを通ったあの日、国道37号の静狩峠でどんな困難が待ち受けているか知る由もなかった。
そんな自分をいじらしく想い出す。
感傷も一瞬に、交差点を右に長万部のまちに入る。
今日の長万部の宿は、前にも泊った素泊まりの旅館だ。
その宿の手前にある食堂で、おそい昼食をとる。
途中に食事処が見つからず昼食は抜きだった。
旅館に着いて、女将さんに「無事に北海道一周してきました」と報告する。
「いいわねー、若い人(?)はなんでもできて」と何故か淋しげに微笑むばかりだった。


次の日は、予定通りこの長万部の旅館に連泊して休養をとる。
台風が関東に上陸し、妻は神戸でテニスの試合で留守になっていて、我家が心配だ。
長万部は今日と明日は雨の予報だった。
しかし、今朝は曇りで風が強いけど雨は少し降った程度だ。
素泊まりの宿なので、午前中に朝、昼、晩の食料を近くのコンビニで買いこむ。

朝食をとって歯を磨いた後、横になったらぐっすり眠った。
昨夜に続いて、現役時代の職場の夢をみた。
黒松内の旅館で、同じ職場だった者とそっくりな人に出会い、その名前がどうしても想い出せずにいるせいか。

それから、自宅を発って140日になるこの旅を、ぼんやり振り返ったりする。

夕方、いつものように家族に旅便りのメールをいれる。
夜遅くに妻からメールが入り、テニスの試合はフルセットで負けて、家に帰って来たという。
我家は台風の被害はなかった。
小樽から送った妻への誕プレ(ガラスペンダント)が届いていたともある。
「とても素敵です。色あいもデザインもシャレています。大事に愛用します」の言葉も。
結婚以来、こんなに素直に妻が喜んでくれたことがあっただろうか。
望外の言葉でうれしい。



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