No75 津軽・出羽 編(鰺ヶ沢町〜深浦町浜町)



今日は鰺ヶ沢町から深浦町千畳敷まで約18kmの旅だ。
天気は、曇りで気温23℃と歩きやすい。
道は、JR五能線と日本海の間を行く国道101号線の一本道だ。
沿道で目に付くのが、イカ干し風景である。
それに、時折り野生のアサガオが群生していて、眼を楽しませてくれる。
なかでも、ひときわ鮮やかなピンク色した品種があって、カメラにおさめる。

途中、北金ヶ沢というところに「日本一のイチョウの木」があるというので寄ってみた。
「垂乳根(たらちね)のイチョウ」と呼ばれる天然記念物だそうだ。
樹齢1000年以上、高さ約31m、幹回り22mだという。
近くに行っても、巨大過ぎて全貌が見えない。
鬱蒼と茂るイチョウの巨木の下は、神気に満ちていた。

千畳敷の宿には、13時過ぎに着いた。
昨日電話してきたご主人が、愛想良く出迎えてくれた。
眺めのいい2階の二部屋を自由に使ってもよいという。
そこに荷物をおいて、近くのドライブインで昼食をとる。
野菜炒め定食とサザエのつぼ焼を食べる。
それから、千畳敷の海岸を散策して宿に戻る。
部屋の窓から、真下に千畳敷の岩肌とその先にひろがる日本海が手に取るように見える。
ただし方向は真北なので、夕日は左手の岩陰に入ってしまう。
それでも、赤く染まった空と海は幻想的だ。
天候によっては、はるか右手に竜飛岬、さらに正面には北海道の松前が見えると云う。

夜、ここでもイカ釣り漁船が9個の光の点となって、水平線の上をゆっくりと右から左へ流れて行った。


次の日は、大型台風14号が九州に上陸し天気が気になった。
さいわい津軽地方は、今日も曇りで雨の確立は低いという。
それで、同じ深浦町の深浦港まで20kmの旅に出立する。

出発時に宿のご主人と写真をとり合い、互いの名刺を交換する。
このところ、休憩毎に真向法体操の第1と第2を行って股関節の張りをほぐすのが習慣になる。
道の駅ふかうらは、「イカ焼きの村」をキャッチフレーズにして観光客を呼び込んでいる。
しかし、午前の早い時間で、観光客はまばらだ。
この区間のJR五能線は日本海の真際を沿う。
いつか五能線で、車窓から「どこまでも日本海」を眺める旅をして見よう、と思ったりする。

知らないうちに海が遠のき、やがて急に視界が開けた。
多分、追良瀬という集落あたりだと思うが、ハッとする風景に出会う。
濃い緑の山を背景にして、黄金色づく水田のなかに民家が散在し、それが見事なハーモニーを奏でている。
歩いて旅をしていると、一見何でもないような風景にひどく感動する時がある。
もしかしてそれは、その時の天気や旅人の心情が創りだす一瞬の幻かもしれない。

この集落を山裾に沿って廻り込むと、再び日本海沿いの道になる。
昼時になって、食事処を探しながら歩くが見つからない。
こんな時に備えて買いこんだカロリーメイトを、4回目の休憩時に食べる。
やがて深浦のまちが見えてきた時、意外に思ったことがある。
北前船の寄港地として名高いこの町は、深い入り江にあるまちを想像していた。
ところがそのまちは、平面的な広い湾の先にひろがって見える。
ところどころ小さな岩礁が付き出る海は、北前船には危険に思えるのだが。

食事処は、深浦の市街地に入ってようやく見つかった。
靴を脱いであがり、カウンターの前が堀炬燵の様になっている店だ。
喫茶店とレストランを兼ねたような店で、冷やし中華ソバがあるというのでそれにする。
その店を出て、ちいさな岩洞門をくぐると深浦港になり、宿はその前の道沿いにあった。


翌日、台風14号は九州地方で猛威をふるっており、東北地方も午後からその影響が出るとの予報だ。
朝起きた時は、雨も降ってなく何とか次の目的地十二湖迄は行けるかも、と迷った。
しかし、「無理をしなくて済む時は無理をしない」の原則を思い出し、連泊して休養をとることにする。
元気爆発と云った感じの若い女将さんに連泊の許可を得て、朝食後またひと眠りする。

その後、深浦のまちの散策に出かける。
町の民俗資料館や北前船の三分の一模型を展示する「風待ち館」に入る。
江戸時代に菅江真澄という愛知県出身の遊行者が、当時の深浦の様子を絵や文に残した。
それが資料館の主な展示となっている。
「風待ち館」では、ガイドさんが付いていろいろと説明してくれた。
展示の北前船は、700石船の三分の一模型だそうで、想像していたよりも小さい印象だ。
北前船は、船の形式を云うのではなく、舟主と荷主が同じである交易船のことをいうそうだ。
北前船が運んだのは、荷物と文化だったと云うのも面白い。
北前船の寄港地である野辺地の祇園祭は京都の、江刺の民謡「江差追分」は新潟のものがもとになっているのが、その証拠だと云う。
焼き物の伊万里焼と有田焼は同じで、伊万里は有田焼を船積みした地名だ。
骨董品として珍重される「古伊万里」というのは、北前船が運んだ有田焼のことだという。
そんな知識をいっぱい詰め込んで、「風待ち館」を出る。

風待ち館の近くで、おばあちゃんが一人で切り盛りする店で、親子丼の昼食をとる。
それから、理髪店があり散髪することにする。
函館に上陸した次の日に散髪してから、3ヶ月ぶりになる。
最初に軽く頭を洗って、散髪後にまた洗うやり方で、ひげを剃り、耳と鼻の穴も丁寧に手入れして3300円だった。
床屋のご主人が髪を刈りながら「どこから来られましたか」と聞くので、「歩いて日本を半周している」と答える。
すると、ご主人は「へー!」と云ったきり黙ってしまった。
こういうのを絶句と云うのかと苦笑する。

休養日のつもりが、慣れないことをするのも結構疲れるのか、宿に帰って横になるとぐっすりとした眠りに落ちる。
台風の影響らしい強い風雨は、夜8時頃にやってきた。


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