No14 家庭主義と個人主義

わたしの住いに近い農村集落に「旅立地蔵尊」という地蔵堂がある。 いにしえより村人は、ここの地蔵尊に旅の安全と無事帰郷を願って旅立ったという。
それほど昔でなくとも、車社会以前の旅は多くの場合、幾日も要する長いものだった。 そういう旅では、安らぎとくつろぎを与えてくれる宿が、旅人を何よりも喜ばしたに違いない。 だから、宿の方も女将さんを中心に家庭的な雰囲気の接客に励んできた。 その伝統は今日まで旅館や民宿に受け継がれている。
一方、経済合理主義や個人主義重視の風潮の高まりと、鉄道、車、飛行機といった交通手段の多様化、高速化、大衆化 が、旅のスタイルを大きく変えつつある。 宿泊客はビジネスホテルに代表されるように、宿泊施設の要件を過不足なく満たした個室で他人に気遣うこともなく自由に過ごせる宿を 好むようになった。
最新のビジネスホテルでは、ホテルのロビーにある宿泊料金自動払機で料金を振り込み部屋のキーも兼ねるカードを受け取るシステムが導入されている。 まさに宿の人と顔も合わせないで宿泊することも可能になっている。
このように日本の宿は、「家庭主義」と「個人主義」の二つの流れがしのぎ合っている。 しかし、「個人主義」の方が優勢でその勢いは年々強まっている。 旅館経営者の中には、旅館にビジネスホテルを併設したり完全にホテルに作り変えてしまったところも増えている。 また観光地の宿の様に、その両方の融合を図るところもある。 歩く旅では、「家庭主義」の旅館や民宿でどんなに癒され元気を頂いたことか。 それでも、宿泊のための施設が過不足なく揃う快適なホテルの個室に安堵感を見出したりもした。
そんなわたしは、やはり欲張りな現代人の一人なのだと思う。

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