一人客はお断り!

歩いて日本一周する旅では、一日歩行距離約30km以内で宿を必ず確保することは予想以上に困難であった。
宿数の少ない地域で、公共工事等があってその関係者で満室ということはよくある。 そうでなくて、宿はいっぱいあるのに「お客さん一人ではねえー」と軒並み断られることも度々ある。
こういうときは他の宿をあたったり、それでもだめなときはルートを変更して宿を見つけ何とかしのいだものだ。
はじめのうちは、なぜ一人客はだめなのかと、少し腹立たしく思った。 しかし、旅を重ねるにしたがって以下の様な宿側の事情も少しづつ分かってきた。
1 稼ぎ時で、できるだけ大勢の客を取り込みたい。
2 一人客は胡散臭いので、できるだけ避けたい。
3 一人の客のために、食事やお風呂の用意をするのは面倒で効率が悪い。
特に2の理由は、私の様な風態の男を云うのかと思ったらそうでもないらしい。 ある宿の女将さんから「女の一人客が危ないんです。自殺されたりして大変なんです」と言われた時は考え込んでしまった。
そう言われれば、1と2の理由はごもっともと理解できなくはない。しかし、こうした事例はそれほど多くはない。
理解しずらかったのは、事例の多い3番目の理由である。最初のうちは、それは宿側の身勝手ではないかと思っていた。 ところがやがて、ここにこそ今の日本の宿、特に旅館や民宿が抱えている課題が潜んでいる様に思われてきた。
駅前旅館に象徴されるように、車社会以前は隆盛を誇ったであろう宿も、いまはご夫婦または女将さん一人が切り盛りしているのが大半である。 それでも宿専業とはいかず、何らかの兼業を強いられていることもある。 また、女将さんには主婦としての仕事もあって多忙である。
だから電話で予約できた宿でも早めに到着したりすると、宿には誰もいなくて何時間も玄関前で待たされることもよくあった。 宿泊を重ねて宿の内情を知れば、3の理由もむべなるかなである。
そうした中で、一人客でも温かく迎えてくれた宿には、本当に感謝であった。
この旅で、一人客だった宿の軒数を表にしてみると以下のとおりである。

宿全体では、23%の宿で一人客であった。個別にみると、旅館が31%で民宿では48%にもなる。
この数字は、何を物語るであろうか。
戦後60年のいま、日本の宿の75%以上を占める旅館と民宿の多くが苦しい経営を強いられているのが見えてこないだろうか。
もう間もなく、時には乗り物を利用したり野宿を覚悟しない限りは、歩いて日本一周する旅は不可能になるに違いない。