前章で、旅館は歴史と文化を担ってきたと書いた。
歩く旅で、それを強く感じたのは、巡礼の宿と温泉旅館である。
四国一周の旅で、今でも大勢の老若男女が、巡礼(遍路)しているのに驚いた。
特に意外に思ったのは、若い女性のお遍路が多いことだった。
それは、静かなブームと云ってもよい印象であった。
四国には、お遍路を温かく接待する伝統が今でも生きている。
なかでも、苦しい旅を続けるお遍路を支えているのが巡礼の宿である。
できるだけ低料金で、一日の疲れを癒し明日への活力が得られるように女将さんが懸命に世話をしてくれる。
そうした宿には、長年にわたるさまざまなお遍路たちの痕跡が残されている。
そういう雰囲気の中で、お遍路どうし、苦しい旅を続ける仲間意識から素直に語り合う場もできる。
だから巡礼の宿は、旅館や民宿こそふさわしく、ホテル形式の宿はなじまない。
どんどんホテル形式の宿が多くなる中、巡礼の宿は旅館や民宿としていつまでも存続していってほしいと願う。
日本書紀に書かれた大昔から、日本人は温泉が大好きだったようである。
古くからある有名温泉地には、名建築の温泉旅館が多くある。
そこには、住まい、庭、料理等の隅々に日本の歴史と文化の粋が込められている。
もちろん、そんな超高級旅館でなくとも日本人の心をとらえた心温まる温泉旅館も多い。
ところが現在は、全国いたるところに温泉が掘られ、ニュー温泉地が数多く出現している。
周辺に魅力ある観光地のある温泉旅館は、それに影響されることなく今も将来も発展することと思う。
そうでない温泉旅館は、料理やサービスに工夫を凝らすなどしながら苦しい経営を強いられている。
前に民宿が旅館化していると述べたが、旅館も民宿化している。
その典型が、上の写真「民宿に近い旅館」である。
宿の名前から古い町屋の旅館と思って着いたら、都会の郊外住宅地に見られる戸建て住宅だった。
住宅内の数室が宿泊客向けになっており、浴室は共用、食事は一般家庭でみられるダイニングキッチンでとることになっていた。
まるで普通のお宅に泊めてもらっている雰囲気であった。
この宿は極端だけれど、戦後60年のそのときは、このように女将さん一人ぐらいで切り盛りできる範囲で営業している旅館が多い。
時代の流れか、旅館からホテルに建て替えられるところが増えている。
しかし、上の写真のように「ビジネス旅館」として新しい様式で建築された旅館も何軒か見受けられた。
この旅館は、部屋は個室でベッド、トイレ付とホテルと同じである。
ただ、浴室は光明石温泉とサウナ付の共同浴場で、朝・夕食付きの食事は食堂でとるものだった。
また、インターネット利用もできるパソコンも設置されていた。
まさに、ビジネスホテルと旅館をミックスした最新の旅館である。
こうした形式の旅館が、ビジネス客向けに今後は多くなっていくと思われる。