子供の時、親に初めて買ってもらった本が、「浦島太郎」の絵本だった。
絵本には、日本の童謡・唱歌になっている「浦島太郎」の歌詞も載っていた。
絵本のストーリーも、その歌詞にそっている。
この物語には、子供心に他の日本の昔話にない不思議な感じを抱いた。
特に話の結末には、腑におちない疑問が湧いた。
なぜ玉手箱を開けたら、太郎はおじいさんになってしまうのか。
なぜ乙姫様は、そんな玉手箱を太郎にお土産として渡したのか。
何度読んでも、その疑問は解けず哀しいコワイ気持ちが残った。
大人になって、この話は8世紀頃できた「丹後国風土記」等が原典と知る。
それによると、浦島太郎の伝説地は、伊根町津母の先にある本庄浜だと云う。
そこには「浦島神社」というのがあるそうで、その地を訪れることが楽しみだった。
伊根町津母の朝、目覚めて窓のカーテンを開けるとやはり雨。
テレビをつけると、昼頃からは強い雨と風になる予報だ。
これでは、昨日の伊根町蒲入から丹後町袖志の間の全面通行止は、解除の見込みはない。
浦島神社のある本庄浜迄は行けるけど、蒲入から先へは進めない。
本庄浜まで行き、そこから引き返して、この宿にもう一泊するか迷う。
歩く旅は観光旅行ではないので、原則1日1万円を出費限度にしている。
たまたま、津母周辺ではこの高級旅館しか見つからず、例外とせざるを得なかった。
例外は2度続けられないと、窓から津母の海を眺め「浦島神社」行きを断念。
浦島伝説が生まれた鍵は、きっと、この海にあるに違いない、と思いながら。
津母から泊と云うところに戻って、京丹後市間人まで、山道の迂廻路を辿ることにする。
泊りから国道178号に出て、途中から筒川沿いの地方道を行く。
雨の中、案内標識も少なく道に迷い何度も地元の人に道を尋ねる。
雨は昼前に止み、変わって強風になる。
碇高原牧場辺りでは、まだ残雪がチラチラ見え烈風になる。
この牧場近辺に食事処か休憩出来る場所がないか探すが見当たらない。
仕方なく昼時が過ぎても歩き続ける。
碇高原牧場からは下り坂で、ようやく日本海が見えた時はホッとする。
丹後町上野と云うところで、国道178号に出る。
平と云う名のバス停でようやく休憩をとる。
相変わらず昼食をとるところもなく、屏風岩展望台で次の休憩をする。
どんなに眺めが良くても、空腹は満たされない。
ようやく道の駅「てんきてんき丹後」があり、そこでたこ焼きを食べる。
今日の宿は、道の駅から直ぐのところにあった。
宿の電話番号は民宿の分類欄で見つけたので、海辺の普通の民宿を想像していた。
着いてみたら、鉄筋コンクリート造りのオシャレな建物でビックリ。
案内された2階の和室は、真近くに浜辺を見下ろす眺めの良い部屋だ。
3階にある浴室は天然温泉で、ここからの眺めはさらにすばらしい。
ここの地名「間人」は「たいざ」と呼ぶ。
聖徳太子の生母間人(はしうど)皇后は、この地に御座所を設けて滞在された。
退座される時、里人の手厚いもてなしに感謝された皇后は、
大浜の里にむかしをとどめてし 間人(はしうど)村と世々につたえん
と詠じられた。
しかし、村人は皇后と同じ名では恐れ多いと、退座にちなんで「たいざ」と呼ぶことにした、と云う。
そうした歴史を受け継ぐ伝統なのか、ここの宿着には白い小紋入りの黒の羽織が揃えられていた。
夜寝る時に、道中で出会った老人の話を思い出した。
猿が畑を荒らすので、電線の柵を設けることにした。
しかし、最近は猿が慣れてまた作物を食い荒らす、と嘆いていたのを。
翌日の朝はくもり空。
朝一番に温泉に入り朝食をとり、この素晴らしい宿を後にする。
昨日に続いて今日も30km近いロングな旅になる。
鳴る砂で名高い琴引浜は、少し寄り道になるので素通りすることに。
ところが写真仲間のKさんから携帯に琴引浜についてのメールが入る。
それで思いなおして寄ってみることに。
しかし、砂浜を歩いても全然砂は鳴らない。
砂浜の管理事務所で問うてみると、砂の厚さ10cm位まで乾燥しないと鳴かないと云う。
今日の天気では無理と納得。
やや赤っぽい砂浜は美しく、若い男女が素足で駆けてゆくのをパチリ。
さらにやって来た中年の夫婦連れと互いに写真を撮りあう。
離湖と云う名の小さな湖のほとりで休憩する。
湖に突き出た岬が小島の様に見え、桜が美しく咲いている。
近くに自販機がないかと眼を廻らす。
すると先方にラーメンの文字が。
ちょうど昼時で、そこでラーメンライスの昼食をとる。
昨日の山道で足に疲れが残る感じだけど、昼食後も順調に歩む。
しばらく行くと、北近畿タンゴ宮津線の網野駅前に到る。
線路を渡って少し行くと、貴船神社と云うのがあった。
その参道の石段に腰を下ろし、農村風景の中を走る電車を眺めて休む。
そこからは、線路を何度も横断したり並行する道を進む。
木津温泉駅前を過ぎると街なかになり、丹後木津郵便局で旅費を引き出す。
街なかを抜け、国道178号線から久美浜町湊宮に向かう淋しい道に入る。
やがて大きな湖のほとりに到る。
それは湖ではなく細い水路で外海とつながる久美浜湾だった。
湾沿いの道を行くと集落入口に大きな案内板がある。
民宿の案内看板で、その数の多さに驚く。
関東に住んでいるので知らないが、きっと関西では有名な観光地なのだ。
今日の宿は湾沿いの集落の中にあるごく普通の民家だった。
これぞ「元祖民宿」と云った家庭的な味のある宿だ。
星の数ほどある民宿街で、思いがけない宿に一宿二飯?のお世話になる。
歩く旅のたのしさは、こんなところにもあった。