日本一周てくてく紀行

No.117 九州 編(糸島市高田~佐賀県伊万里市伊万里町)

前原市(現糸島市)の朝、食事を終えると、女将さんが「旅の合間に食べて」と長崎銘菓「さざれ菊」一袋を渡してくれる。
女将さんは、私の「日本一周徒歩の旅」にいたく感心して励ましてくれる。
お礼を言って、ありがたく頂く。

今日は早くも佐賀県に入り、唐津市虹の松原まで33kmの旅。
朝から気合を入れて出発。
幸い天気は曇りで、気温は20℃前後と歩きやすい。
最初の休憩場所となったのは、前原市役所近くの丸田池公園。
ちょうど、黄色と紫の菖蒲が咲く美しい公園だ。
水辺の木製デッキに腰を下ろして休む。
心が洗われる様とは、こういう時を指すのだろう。

前原市の市街地を抜けて二丈町(現糸島市)に入ると、海岸沿いの道が多くなる。
岩だらけの小さな小島が陸地と繋がる所に出た。
「箱島神社」の額を掲げた石の鳥居がある。
その小島の波打ち際の岩に腰を下ろす。
こうして休憩の度に、女将さんから渡された「さざれ菊」を口に入れる。
上品な甘みと生姜風味が口の中にひろがる。
そしてそれが、更に身体に沁み込んだ頃合いをみて腰を上げる。

二丈町の深江という所で昼時になる。
スーパーでほっかほっか弁当(440円)を買う。
店の横でそれを食べ、昼食休憩をとる。
今週の週間天気予報は、曇りや時々雨だという。
そういえば、いつの間にか、またビニール傘を失くしてしまた。
早めにと思い、コンビニでビニール傘を買い直す。
唐津湾沿いの道にあきて疲れが出てくる。
JR筑肥線鹿家駅前を過ぎたところで、へばってしまう。
岩だらけの海岸にコンクリートを打った空き地を見つけすわり込む。
へばった自分を撮ろうと、カメラをセットする。
よほど疲れていたのか、これがこの日の最後のショット。

そこからしばらく行くと、左手に美しい海岸線が見えてきた。
まさに天空に架かる虹の様な曲線。
今日の宿がある「虹ノ松原」だ。
急に元気が出て、道を急ぐ。
国道202号線の浜崎交差点を過ぎてしばらくすると、道は黒松林の中に入る。
その暗い道はどこまでも続き、だんだんと不安になる。
ようやく、今日の宿「国民宿舎虹ノ松原ホテル」の看板が見えた時は、ホッとする。

黒松林を海側に抜けると、現代的デザインの3階建てホテルがあり、それだった。
波打ち際に建つホテルだけれど、部屋は松林側。
浴室は部屋付きの風呂だけで、大浴場が無いのはチョッと残念。

唐津から伊万里へ行く道は二つある。
東松浦半島の海沿いを行く国道204号と半島の根元を真直ぐ南下する国道202号だ。
初めに国道204号の道を検討したが、歩ける距離で宿が繋がらず断念。
国道202号なら、伊万里まで約28kmと一日で行ける距離。
それで今日は、国道202号で一気に伊万里まで行くことに。

心配した雨は、朝方に止み曇りとなった。
ホテルを発って松林を抜けると、長い松浦橋を渡る。
橋の欄干から、唐津城にカメラを向ける。
唐津はもう少しゆっくりしたいまち。
その心残りを込めてシャッターを押す。
しばらくはJR唐津線と松浦川に並行する道となり、鬼塚駅で最初の休憩をとる。

国道203号と分岐する川原橋交差点から鉄道と離れて行く。
このところ、11時頃や昼食後に少し眠くなる。
これは疲れが溜まってきたせいか。
唐津市の北波多支所近くでその眠気が起きる。
食事処があり、昼少し前だけれど入る。
豚骨スープの「ばさらかラーメン」とおにぎり(735円)の昼食をとる。

伊万里市域に入ると、三角柱の陶板製の里程標が現われる。
さらに、橋の欄干親柱にも陶磁器の大壺が。
まさに「陶磁器の里」の雰囲気。
途中に、朝市の様な場所があり寄ってみる。
「ふるさと物産館」の看板があり野菜等が並べられている。
どうやら地図に載っている道の駅「伊万里」のようだ。
道の駅もいろいろで、豪華なリゾート施設まがいから、ここのような朝市をコンパクトにまとめた感じまで多様だ。

道の駅で長めの休憩をとっても、徐々に疲れと少し腰の痛みが出だす。
国道202号の上伊万里交差点を右に向かい伊万里市街地に入る。

江戸時代、佐賀藩は藩内の有田や伊万里で陶磁器の生産に力を注ぐ。
なかでも伊万里は、「古伊万里」と絶賛される焼き物を積みだした港として栄えた。
前回の旅で、「古伊万里」の名声は、日本海沿いの各地で何度も見聞した。
伊万里へ行ったら、ぜひその積み出し港を観たいと思った。

その積み出し港は、市内の伊万里川に架かる「相生橋」付近だと云う。
伊万里の市街地に入って、真っ先に向かったのは、無論この相生橋。
だが、相生橋の河岸には白壁土蔵が並んだと云う、かつての面影はなかった。
古伊万里の積み出し場は、現在の佐賀銀行ビル横だと云う。
現在は、河畔に整備された散歩道の欄干に、白壁土蔵の絵や地図が飾られている。
戦後の日本で、多くのまちが復興と近代化の名のもとに、古いものが壊されどんどん新しいものへと生まれ変わった。
その結果、まちの歴史と文化に根ずく顔が消え、個性のない姿になってしまった。
ようやく、伊万里の人達もそのことに気づき、新しいまちづくりに励んでいる。

「古伊万里文化の香る街」が、そのコンセプトのようだ。
街のあちこちに、伝統の技術を活かした実物大の陶磁器製人形等が設置されている。
JR伊万里駅も白壁土蔵の雰囲気を取り入れたデザインだ。
その伊万里駅の写真を撮っていると、一人の若者が話しかけてきた。
私が歩いて日本一周している話をすると、興味を持ったようだ。
「高校受験に落ちて、木材会社で働いている」と身の上話までしてくれる。
そして、仲間も呼んで写真を撮ってくれという。
こちらも願ったりとばかりにパチリ。
もっといろいろ話したいけど、彼らの方言訛りが良く聞き取れない。
疲れと時間も気になって惜しみながら別れる。

伊万里の様な歴史のある街は、昔からある旅館に泊りたい。
しかしここも、一人旅は敬遠される様で断られ、伊万里駅に近いホテルになった。
想像したよりも大きなホテルで、フロントの人も愛想が良かった。