日本一周てくてく紀行

No.74 津軽・出羽 編(青森市三内丸山~鰺ヶ沢町)

心配した雨は、深夜に激しく降り出した。
青函フェリーで知り合ったT少年のことが気になって眠れなかった。
雨具や野宿用具も持っていなかったので、この夜をどう過ごしているか気懸りだった。

三内丸山の朝は、雨は止んで曇りの空だ。
このところ、午後は暑さでバテ気味になるのでこのままの天気を願った。

今日は久し振りに、五所川原市まで30kmのロングな旅になる。
気を引き締めて宿を出たのは良いけれど、目の前の高いところを走る国道7号に出る道が分からず迷う。
この国道7号のバイパス道路は、歩行者のことはあまり考えられていないようだ。
青森環状道路ともいわれるこのバイパス道を行くと、1時間も経たないうちに旧羽州街道との交差点になった。
こちらの旧街道を行くことにする。
この街道は、JR奥羽本線と並行する谷筋の道だ。
赤い鳥居が眼に飛び込み、近づいてオッ!と驚く。
鳥居に縄のれんが掛けてあるのだ。
鳥居にしめ縄が掛けられることはあるけれど、縄のれんは初めてだ。
現在では居酒屋の代名詞にも使われる「縄のれん」が、鳥居に掛けられている意味は何だろうか。

旧道を2時間程行くと、現代の羽州街道と呼ばれる国道7号線に合流する。
やがて大釈迦交差点で昼時になる。
近くにコンビニがあり、ヒレカツ弁当を買う。
大型ダンプも停まれる駐車場の隅で、その弁当をひろげる。
この交差点からは、西へ国道101号線を行く。
何故かラブホテルが何軒も見えたり、ブドウ園で写真を撮ったりして平野部に出る。
まだ黄緑色した稲田がひろがり、その先にでんと岩木山が構えている。
その圧倒的な存在感は、津軽の人たちに何か特別な想いを抱かせるにちがいない。
今やわたしの第二の故郷となった茨城の筑波山のように。
山頂が少し雲に隠れた山容や印象も、筑波山に良く似ている。

今日の五所川原市の宿は、中心市街地にあるホテルだと想像していた。
市街地に近付いてホテルに電話すると、「エルムシティ」というところにあると云う。
行ってみると、大型ショッピングセンターを中心にして出来た新市街地だった。
ホテルは、一階のロビー・レストラン層の上に客室が8階もある最新設備のホテルだ。
部屋の窓からまちを見下ろすと、津軽の風土を感じさせるものは全く見られない。
かつて昭和の時代に、全国に「○○銀座」の名がついた商店街ができた。
現在はオシャレだが、同じような構成で個性のない「新市街地」が各地で生まれている。
夕食はどうするか迷ったが、ショッピングセンターへ行って、うな重と焼き鳥それに缶ビールを買う。
そして、部屋の窓から夕闇せまる街を眺めながら、そのちょっと奮発した食事をとる。

エルムシティの朝は、時に雨が降りそうなくもり日だ。
暑いよりはましと、鰺ヶ沢町に向けて出発する。

エルムシティから五所川原の市街地を東から西へ横断して、再び国道101号に入り北上する。
この国道沿いは、かつては賑やかな通りだったと思われる街並みだ。
しかし、人影は少なく寂しい雰囲気だ。
屋上に六角形の展望塔をいただく木造建築が眼を惹いた。
今は使われていないような侘しいたたずまいだ。
創建当時は、こんなデザインを思いつく程、このまちは個性と活気にあふれていたと想像する。
立ねぷた館近くの交差点で、国道101号は直角に東へ舵を切る。
ここからは、国道は大間越街道とも呼ばれ,数百mも行くと岩木川を渡る。

昨日と違って、今日は足が重く、股関節が硬く足のあちこちが痛んだりする。
休憩の時に、真向法の第一と第二体操をすることにしたら、楽に歩けるようになる。
運よく道の駅「もりた」で昼時になった。
隣接して茅葺の豪壮な民家があり入ってみる。
旧増田家住宅と呼ばれ、明治中期の津軽地方を代表する大規模な農家住居だそうだ。
森田村の他からここに移築され、いまはそば処として活用されている。
建築資材はヒバとケヤキで、釘は一本も使われていないと云う。
建物内も風格ある書、掛け軸、焼き物がおかれて落ち着いた雰囲気だ。
ここで舞茸そばを美味しくいただく。
しかし、そばだけでは物足りなく、道の駅館でたこ焼きを買う。

そこからさらに、津軽平野を真西に突っ切ってゆく。
鰺ヶ沢町に入り、鳴沢川を渡ってすぐのところに釣り具やエサを売る店がある。
そこの駐車場の片隅に電話ボックスがあり、前にシートをひろげて休む。
しばらくすると、店からご主人が出てきてトウモロコシを手渡してくれた。
ちょうど午後3時の小腹のすく頃で、美味しくいただく。
JR鰺ヶ沢駅前の宿には、午後4時少し前に着いた。
女将さんはすぐに部屋に案内してくれ、洗濯物をかごに入れるように、という。
すこし戸惑っていると、女将さんが洗濯して干してくれるのだと云う。
ここまでのサービスは初めてなので驚いたが、有り難かった。
夕食は、そんな面倒見の良い女将さんらしい手料理で美味しかった。
とくにご飯のおいしさが印象に残った。

夕食前に、明日に宿泊予約している宿のご主人から電話が入った。
予約日を勘違いして、「今どこにいるのか?」と問い合わせてきたのだ。
間違いに気付いて、「どうも、どうも」と明るく納得してくれた。