宿は電話帳で探し、大抵は前日までに電話で予約する。
当日、宿の近くになって、電話で詳しい道順を尋ねることにしている。
それでも、結構迷うことがあり、その日の旅の疲れが倍増する想いになる。
姫路駅新幹線南口のホテルは、ロビーにあるインターネットに接続されたパソコンが無料で使用できる。
それを利用して、今日の予約した旅館の位置を地図で確認しプリントする。
今日の旅は、加古川市加古川町まで約17kmと短い。
それに、目指す宿の位置が分かっている安心感もあって、気持ちも軽く出発。
JR姫路駅の南口から駅構内を通って北口へ。
そこから昨日通った姫路城に向かう大通りでなく、横筋のアーケード商店街を行く。
アーケード街は、早くも結構な人出だ。
姫路城の少し手前で国道2号に出る。
その国道を東に向かうと、播磨国分寺があった。
現代では、国分寺のあったところは遺跡になっていることが多い。
ここでは、「牛堂山国分寺」として存続している。
小さな山門と瓦屋根付きの白壁塀で囲まれた境内に入ってみる。
誰もいない境内は、落ち葉が庭一面を赤く染めていた。
姫路から国道2号は、山陽本線と山陽新幹線の北側を並行してゆく。
別所と云う辺りで道幅が狭くなり、歩道がなくなる。
車道との間にガードレールがあるとはいえ、40cm程の側溝蓋の上を歩くことに。
山際にそって黒壁の民家が建ち並び、その手前にコスモスが咲き誇る。
「播磨路の秋」とつい叫びたくなる光景だ。
その先の「豆崎」交差点を右に折れ、山陽本線を渡る。
すぐに姫路バイパス(国道2号)と国道250号のランプになる。
その交差点の所に、壁に「文楽」と書いたちょっと変わった和風建物があった。
昼時に近いので、ソバ屋かもと入ってみる。
店内に入ると、大きなソバと和風料理の店だった。
メニューに「文楽御膳」(1000円)と云うのがあり、それを選ぶ。
昼食後、国道250号を行くと、異様な景観になった。
道路の北側に構える山の半分ほどが、崩れた様な岩壁を見せている。
そして道路が、6車線に中央分離帯等もあるやたらと広い空間だ。
今までの沿道風景と余りにも違って、異空間に入り込んだよう。
今日の宿まで残り2km程の所で、まだ午後1時少し過ぎだった。
これまでの経験で、15時前に旅館に着いても、誰も出てこないことが多い。
ちょうど大型商業施設「ジャスコ」があり、ここで時間調整することに。
店内のコーヒースタンドに腰を下ろす。
コーヒーをゆっくり飲んでいると、店主と女将さんが話しかけてくる。
加古川の「鶴林寺」は、昨日と一昨日、大祭で大賑わいだったという。
祭は終わったけど、一度は寄ってみる価値があると、しきりに勧める。
そしてまた、歩いて自然に触れることの大切さの話で共感し合った。
今日の宿は、加古川を渡って1km半程行ったところにあった。
宿に着いたのは14時40分頃になったけど、案の定、玄関で声をかけても音沙汰無し。
仕方なく、同じ建物に接する理髪店で、時間待ちを兼ねて散髪する。
最近流行りの格安店で、散髪からヒゲそりまでひと通りで1800円と約半額。
時間も30分程で、通常の半分だった。
今日は日曜日で宿の夕食はないという。
それで、来る時に見かけた近くのラーメン店へ行く。
餃子に生ビール、それにラーメンを食べながら、フト想った。
戦後の貧しい子供の頃、母が「今日は出前を頼もう」というと大喜びだった。
出前は中華ソバ(ラーメン)に決まっている。
つゆまで飲みほして、「おいしかった」と大満足。
ラーメンは、年に1~2回あるかないかの「ごちそう」だった。
次の日、心配した雨は朝方までに上がった。
そして、曇り時々晴れの予報になる。
昨日の夕方に洗濯したジーパンは、朝までに乾かなかった。
それで、部屋着にしているジャージをはいて出発する。
まずはスタンドコーヒー店で勧められた「鶴林寺」に寄ってみる。
なるほど堂々たる山門を構える大寺だ。
感心して境内に入ろうとすると、奉賛券(500円)が必要だった。
境内に入ると、確かに「播磨路の古刹」の名にふさわしい。
奉賛券と一緒に渡されたパンフによると、聖徳太子が創立した寺と云う。
また、本堂と太子堂は国宝と書かれてある。
その他にも、重要文化財の建物、仏像、仏画が多数あるともいう。
別名「播磨の法隆寺」とも呼ばれるそうで、確かにそんな雰囲気が漂う。
朝早く人気のない境内を、一人あちこちカメラを向ける。
鶴林寺を出て歩き出すと、急に右の股関節と腰に痛みが。
靴ずれの痛みをかばって歩くせいかもしれない。
足も身体も重くなって、辺りに腰が下ろせる場所がないか探す。
道路脇のちょっと奥に傘型の屋根があり、その下にベンチが見えた。
そのベンチに仰向けになると、そのまま眠ってしまった。
ようやく目が覚めて起き上がると、奥のフェンスに白い看板が。
「私有地につき 飲食はご遠慮願います」とある。
なぜ私有地にこの様な施設が、と驚く。
まるで、この時のわたしのためにあるかのようだ。
この時も、歩く旅で何度も体験する「守られている」ような幸運に感謝する。
明石市の魚住町で昼時になり、食事処を見つけ入る。
こんな体調でも食欲だけはあって、日替わり定食コーヒー付き(800円)を完食する。
谷池という交差点にある横断道路橋の階段で休憩をとる。
そこから先に進むと、二つの鉄道が立体交差し、そこに大きな駅舎が見えた。
JR明石駅と思って近づくと、JR西明石駅だった。
がっかりして鉄道の下をくぐると、国道2号に出た。
駅前の道路脇で腰を下ろし休んでいると、バスが停まりスーとドアーが開いた。
バリアフリーのバスで、疲れた旅人を招き入れるように。
もちろん、手を振って乗らない合図をする。
今日の宿は、ちょっと分かりづらい町なかにあったが、JR明石駅から直ぐだった。
予定より2時間程遅い16時30分に着いた。
「安らぎの宿」の看板通りの旅館だ。
普通の民家に近い古い建物だけど、家の中は、要所々にボンボリを置き花を活けたり、と安らぎの演出。
それに、水廻り設備は最新で快適だ。
残念なのは素泊まりの旅館で、夕食は外食することに。
まちに出たけど、結局、コンビニで弁当を買って宿で食べることに。
そのコンビニでは、酒類は売ってないというので、缶ビールを求めて歩き回る。
ようやく酒屋でそれを手に入れ、途中の肉屋でコロッケ2個も買う。
旅館の部屋でテレビを見ながら、買って来たコンビニ弁当等で夕食をとる。
その後、かつて同じ職場で楽しく仕事をしたT君に電話する。
彼はまだ現職のバリバリで、今は関西勤務になっている。
いま歩いて旅をしている話をして、関西のどこかで会えないか話す。
彼はわたしの旅程を聴いて、それなら明後日にJR尼崎駅前で落ち合う、と応じてくれた。