日本一周てくてく紀行

No.178 紀伊 編(紀北町紀伊長島~南伊勢町迫間浦)

朝起きると、幸い熱は下がっていた。
朝食も食欲があり、しっかりと食べる。
昨夜の雨は、一時間100ミリを超える降雨量だったそうだ。
三重県南部は、屋久島と並ぶ日本で一番降雨量の多いところ。
伊勢路の熊野古道が石畳道になっているのは、大雨で道が流されないための先人の知恵。
どこかの宿で聴いたそんな話に、改めて納得。

宿を出て歩き始めると、身体も軽い。
今日も国道42号を行き、ひとつトンネルを抜けて峠を越え海辺に出る。
そこに「NAGASHIMA SHIP YARD」と書かれた巨大な鉄製のドッグが見える。
この地は、細い入り江が複雑に入り込む天然の良港だ。
海岸沿いを行くと、「真っ赤なポルシェ」が1台駐車している。
曇り空の下、その華麗な姿は、やや寂しい港風景に光彩を放つ。

海岸を過ぎると、すぐに長島トンネルに入る。
ラッキーなことに、車道用とは別に少し離れて歩道専用トンネルがあった。
快適にトンネルを抜けると、間もなく川を渡る。
その橋の上から山側をみると、山々の間から霧が湧きあがっている。
山々はなんとも神々しく迫って来るようで、おもわずカメラを構える。

道の駅「紀伊長島マンボウ」の所で、国道42号と再び別れることに。
国道42号は山側に向かい、海側を行く国道260号に進む。

国道260号は、伊勢のリアス式海岸沿いの道。
トンネルや峠道を越える度に、入江の様な小さな湾が次々と現われる。
東北の三陸の旅を思い出す。

道の駅から三つばかりトンネルを抜けると、山あいから遠くに養殖いかだを浮かべる入江が見えた。
手持ちの道路地図をみると錦湾のようだ。
さらに道を下り海に近ずくと、漁港の街が見下ろせる。
紅葉した木の合間から見える密集した民家の屋根群が、みょうに気持ちを引きつける。
屋根の色、形、向きがまちまちで、それがリズムを奏でているような・・・。
そんな光景を写真に収め、先に進むと食事処がある。
昼時でもあり、店に入って焼肉定食(900円)を食べる。

昼食後は、また山道になり、いつの間にか広い新しい道になる。
くねくねした険しい旧道を避けて、道路地図では建設中の新道に誘導されたようだ。
道幅の半分ほどは橋梁で、線形は緩やかな曲線を描く。
お陰で歩道は、自転車も走れる平坦な広い幅になっている。
歩きやすく快適だけど、腰痛がたびたび起きる。
緊張を緩めたり、前かがみにならない等の歩き方をすると腰痛が消えたりする。
そんなことに気をつけながら、寂しい山道をトボトボと歩く。
ふと、国語の教科書で習った若山牧水の短歌が頭に浮かぶ。

 幾山川 越えさり行かば 寂しさの 果てなむ国ぞ 今日も旅ゆく

今日の宿は、南伊勢町の古和浦という小さな漁港のまちにあった。
狭い路地の様な道に入って行くと、意外にも3階建ての結構大きな建物だった。
「うずしお風呂 サウナ 活造り 釣り船」の照明看板が取り付けられている。
さっそく大浴場で身体をほぐし、夕膳の席に座る。
おいしく並べられた海鮮料理は、「今日は休肝日」の決心を揺さぶる。
ついに、「熱燗1本」と声をかける。

まだ、のどに少し違和感が残り、早めに寝ることに。

次の日は、久し振りの青空。
昨夜、寝床で腰の張れに気付き入念にほぐした。
それが効いたのか、腰痛も出ない。

古和浦湾の宿を発って、トンネルを三つ抜けると神前湾に出る。
伊勢路の海岸は、山裾が海辺に迫り、狭い土地に漁港とまちが貼り付いている。
そんなまちの沿道で、民家の壁に突っ込んだ赤い車が見えた。
近づいて車のナンバープレートをみると、「転ばぬ先の杖 自動車保険」とある。
自動車保険の広告モニュメントとわかり微笑む。

海側に眼を向けると、朝の光を浴びて輝く海がある。
フト、こんな同じような朝の海を観て、同じ感動を覚えた記憶がよぎる。
そうそう、たしか岩手の波板海岸だ。

その後も、この入り込んだ海岸の道は、旅人の眼を釘づけにする光景に事欠かなかった。

今日の旅が、気分がよいのはそれだけではない。
暑さを避けて日陰を選んでいたのが、いつしか「日射し」を求めて歩いている。
疲れても、少し休憩すれば回復が早い。
身体が軽く、腰痛も出ない快調なウオークも加わってのこと。

南伊勢町のタシカラ浦と云う所で、日溜まりを見つけ休憩する。
小春日和の穏やかな天気。
くつろいだ気分で腰を下ろすも、何か物足りない。
そう、人声もなく無音のまちに居るよう。
通り過ぎる多くの集落はこんな感じで、今日の旅が急に単調に思えてきた。

小春日和の天気も、午後3時を過ぎると冷えてくる。
今日も通り過ぎた峠や小さな湾は、数えきれない。
休憩間隔は30~40分と細切れにして、ようやく迫間浦(はさまうら)の岸辺に着く。
海上に筏が浮かび、その上はなにやら作業所の様だ。
女のひとが一人、黙々と立ち仕事をしている。
そんな光景を眺め、宿はもう直ぐと最後の力を振り絞る。

今日の宿は、迫間浦漁港入口の国道沿いのところにあった。
2階建のしっかりした大きな造りで、1階は食事処になっている。
玄関で声をかけると女将さんが出て、気さくな感じで2階の部屋に案内してくれる。
海への見晴らしがよい部屋で、空調の調子が悪いから、隣の部屋も使ってよいと云う。
洗濯機は200円で自由に使ってよいともいう。
風呂は共同風呂で、すぐに用意してくれた。
夜寝る前にも入りたいと云うと、それもOKだった。

この家は、別の所にも釣り宿がありいろいろ忙しそう。
隣に隣接する新しい豪華な和風民家が住処だそうで、それが商売繁盛ぶりを物語っていた。

明日の朝の出発が早いなら、おにぎりを用意する。
それを一人で食べて発つと云うことなら、その分の宿泊費は安くすると云う。
そうしてもらうことにして、宿代の払いを済ませる。