昨夜の女将さんとの取り決め通り、今朝はオニギリの朝食が用意されていた。
宿泊代も昨日の内に済ませてあるので、これを食べて何時でも出発してよいことになっている。
ところが、旅館には誰もいなくて玄関には鍵がかかっていて出られない。
どうしたものかと出口を探す。
ようやく昨日洗濯機を使うのに外に出た裏口に気付く。
幸いこのドアーは内側から鍵が開けられ、脱出?に成功。
とんだハプニングで、いつもと余り変わらない出発時刻になった。
宿を出て小一時間程行くと、四角形のアルミ製コンテナのような建物が幾つか並んでいる。
何だろうと近ずくと、「釣り客専用仮眠所」の看板があった。
そういえば、伊勢路のどこかの宿でも仮眠客だという釣人がいた。
リアス式の海は、絶好の釣り場がイッパイある。
こうした仮眠所の営業が成り立つほど、太公望が多いのだ。
五ヶ所湾沿いの道では、民家の玄関上に正月飾りの様なものがあることに気付く。
気になってよく見ると、「笑門」の文字が入った門飾り。
なるほど、「笑う門には福来たる」ということか。
五ヶ所湾は、ギザギザに入れ込んだ地形で幾つもの入り江ができている。
その穏やかな入り江の板敷の桟橋で、一人の女性が何か仕事をしている。
どっしり腰を下ろし、獲れた貝か何かを洗ってバケツに入れているようだ。
静かな周辺の風景の中で、ひとり彼女の小さな動きに存在感があった。
その反対の陸地側では、広場で老人たちがゲートボールを楽しんでいる。
老人と呼ばないで、今は高齢者というそうだ。
呼び名は何であれ、自分にも「老後の生活」と云うのが待っている。
そんなことを想いながら、写真を撮る。
五ヶ所湾の切れ目あたりで、軽食喫茶の店があった。
朝食はオニギリで物足りない気があって、昼少し前だけど昼食をとることに。
店内は広くちょっと上品な雰囲気。
カラアゲ定食(750円)をオーダーすると、マスターがいろいろ話しかけてきた。
歩いて日本一周していると話したら、エラク感心した様子。
店を出る時、みかん一袋を渡してくれる。
歩く旅では荷物はできるだけ軽くしたい。
そんな言い訳とお礼を云って、5個だけいただく。
昼食後、すぐに道は二つに分かれる。
今まで来た国道260号は、複雑な海岸線をたどって英虞湾に向かう。
その道を避けて、志摩半島を横断する道を選ぶ。
約30分程山道を上ると、峠を越え志摩市域に入る。
そこから緩やかな下りになり、やがて平坦な道になった。
これまでのアップダウンを繰り返すリアス式海岸の道と違って、のんびりした気分になる。
夏目と云う所で休憩し、喫茶店のマスターから頂いたミカンをむく。
小さめのミカンだけど、甘みがあっておいしい。
今日の宿は近鉄志摩線の志摩磯部駅近くのホテル。
その駅目指して行くと、すぐに見つかる。
4階建ての鉄筋コンクリート造りの瀟洒な建物。
食事は朝だけだけれど、設備、サービス、そして料金も満足できるホテル。
風邪の熱は下がったけど、今朝、口元と鼻の下に吹き出物が。
むかしから風邪をひいた時に良く出る症状だ。
まだ風邪は完全に治っていない証拠。
また、歯ぐきも腫れているのは、「那智黒飴」の舐めすぎか。
きっと疲労が溜まって、抵抗力が落ちているせいにちがいない。
今日からしばらく休肝日にして、寒さ対策にも気を配り体調を整えねば、と思う。
次の日はくもりで寒かった。
雨具の上着をウインドブレーカー代わりに着て出発。
磯部からは、鳥羽方面を経由する国道ではなく、伊勢街道と呼ばれる県道で直接伊勢神宮を目指す。
小一時間も歩かないのに、寒くて温かい飲み物が欲しくなる。
折よく、自販機の前にベンチが置かれた格好の休憩場所が眼に入る。
自販機の温かい煎れたてコーヒーを手に持ち、ホッとひと休み。
そこからはずーと上りの道になる。
ダム湖の神路湖の脇を過ぎると、「天の岩戸」伝説地の案内看板が見えた。
しかし、かなり寄り道になりそうで、そのまま通り過ぎる。
そして志摩路トンネルを抜けると、ずーと下りの道になり快調に歩く。
紅葉の森の中を進む。
しかし、紅葉の色はイマイチで単調な風景が続く。
おまけに、歩道は勿論、路肩さえ満足にない区間が度々。
車は絶えず脇を通り、気が抜けない。
休憩しようにも場所が見つからず、2時間近く歩き続ける。
ようやく道端の空き地を見つけ休憩する。
五十鈴トンネルを抜けたところで食事処が見つかった。
昼時でこれ幸いとばかり入る。
温かいうどん定食(700円)が、お腹に滲みた。
そこからは、伊勢神宮も今日の宿の神宮会館もすぐだった。
途中にイチョウ並木があり、見事な色に黄葉している。
木下に拡がる黄色の絨毯を踏みしめ、忘れていた秋をかみしめる。
今日の行程は約17kmと短く、宿には13時40分に着いた。
チェックインは15時というので、荷物を預けすぐに神宮に向かう。
日本一周徒歩の旅を計画した時から、ぜひ立ち寄りたいところが三つあった。
出雲大社と安芸宮島それに伊勢神宮だ。
すでに二つの念願はかない、いよいよ三つ目がかなう。
宇治橋の鳥居前に立った時はうれしかった。
初めての海外旅行で、ローマのバチカン広場に立った時の感動と重なる。
名古屋で生まれ育ったわたしは、伊勢神宮は「お伊勢さん」の名で慣れ親しんでいた。
ところが、伊勢神宮は日本の総氏神・天照大御神を祀る内宮と産業の神様・豊受大神を祀る外宮を中心に、別宮・摂社・末社など125社からなる、ことを知らなかった。
たびたび伊勢志摩の旅をする機会があったけど、参拝は外宮どまりだった。
宇治橋を渡り、杉の巨木が並ぶ玉砂利の道を進む。
静謐な神域の雰囲気に満ち満ちている。
内宮の総檜造りの社殿は、シンプルで厳かな美しさがあった。
2000年の歴史ある日本の総氏神にやっと参拝できた、とうれしさと安堵感。
参拝後、旧参宮街道でおみやげ店等が並ぶ「おはらい町通り」へ。
伊勢のおみやげと云えば、「赤福餅」が有名だ。
おはらい町通りの入口に、その「赤福餅」を食べさせる茶屋があり入る。
皿に赤福3個が載り、それにほうじ茶が添えられて、とてもおいしかった。
その後も焼きたてのゴマ煎餅を買い、食べながらブラブラとにぎやかな通りを歩く。
おみやげ店や茶屋が建てこむ「おかげ横丁」の路地に入りこむ。
その中に芝居小屋風の大きな建物があった。
参宮歴史観「おかげ座」だそうで、入館料200円を払い入る。
日本諸国の老若男女が、いかにして伊勢神宮参拝をするようになったか。
また、それはどのような旅だったか、といった歴史が分かる仕掛けがいろいろある。
映像体験や等身大の模型等で、江戸時代の参拝がリアルに再現されていたりして面白い。
神宮会館はシテイホテル並みの豪華さで部屋も広くて快適だ。
宿泊料金も思いの外リーズナブル。
ただ一つ、トイレが共用で部屋から遠いのが難点といえばいえる。