日本一周てくてく紀行

No.81 津軽・出羽 編(山形県遊佐町~鶴岡市由良)

遊佐町西浜の朝、起きて部屋の入口の引き戸を開けると、廊下の壁に赤い字で貼り紙が張ってあり、

「朝夕めっきり肌寒くなりましたが、又日中はかなり暑くなるそうです。昨夜は遅くまでお邪魔様でした。 今日に影響ありません様に。
最終目的が金沢だそうですが、どうぞ残された日々、ご健康で無事完歩を心からご祈願いたしております。 色々、二泊三日元気をいただき感謝ゞ。(K)さんの今後の大きな人生の指針となる事でしょう」

とあった。
この励ましだけでも嬉しいのに、宿を発つ時、ご主人は差し入れまでしてくれた。
バナナ2本にサツマイモ3個、それに缶ビールにデポビタンDである。
缶ビールは昼間は飲まないし荷物になるのでお返して、デポビタンDはその場で飲む。
バナナと芋は、今日の昼食用にありがたくいただく。

ご主人の言うように、今朝はかなり涼しく、久し振りに長袖を着る。
昨日の休養で足腰が軽い。
しかし、左足の小指がまた痛んで、だんだんと強くなり困る。
それでも、今日、楽しみにしている事がある。
酒田市の宿に早く着いて、土門拳記念館を訪ねることだ。
写真を愛好する者として、一度は行ってみたいと思っていた。
そんなことで気も焦るのか、ひたすら道を急ぐ。
遊佐町の国指定重要文化財「旧青山本邸」も素通りし、道中、写真を撮ることも忘れてしまう。
酒田市の市街地に入る手前で、国道7号を離れ国道112号を行く。
それから間もなく昼近くに、沿道は樹木がうっそうと茂る地域に入った。
野球場やテニスコート等の各種スポーツ施設が揃う一帯のようだ。
その中の球技場施設の階段でバナナとサツマイモの昼食をとる。

そこから宿へと急ぐと、途中に「本間家旧本邸」というのがあった。
酒田の本間家といえば、北前船交易で栄えた豪商で名高い。
ここだけは素通りする訳にはゆくまい、と拝観料700円の入館券を買い中に入ってみる。
表から見ると長屋門構えの武家屋敷で、奥は商家造りとなっている。
本間家は地域の農業振興や藩財政の相談にも預かるなど地域社会の発展に努めたという。
それで、二千石旗本の格式を持つことを許されたとされる。
30分程の拝観だったけれど、まあ一見の価値はあったかと満足する。

酒田市役所近くの宿には午後2時前に着いた。
思っていた以上に立派な品格のある和風旅館だった。
部屋に荷物をおくと、旅館の自転車を借りて土門拳記念館に向かう。
歩くことから見ると、自転車は何と楽なことか。
約2km半の距離を15分ほどで着く。
記念館は、前面に池を、後方に小高い山を背にして端正な姿で立っている。
記念館のパンフによれば、建築は谷口吉生氏の設計で、庭は勅使河原宏氏の作庭だそうだ。
土地の特性を活かした見事な設計で、建物の外からも内からも美しい眺めだ。

館内の写真展示は、常設展「古寺巡礼」、企画展「女人高野室生寺」と「ヒロシマ」だった。
書籍で観る以上に、展示写真はどれもすごい迫力と存在感だ。
観賞を終えて、記念館前の池を周遊しながら考える。
館内に土門拳語録「写真の中でも、ねらった通りにピッタリ撮れた写真は、一番つまらない」というのがあった。
これには、思わず絶句してしまった。
ねらった通りピッタリ撮れない自分は、喜ぶべきか、悲しむべきか。

酒田市の朝も、秋晴れの好天になった。
宿を出てすぐの酒田市の観光スポット「山居倉庫」を通る。
朝早く、まだ観光客はいなくて観光物産館等は準備に忙しそうだ。
山居倉庫の横を地元の人が犬を連れて散歩する姿を写真に収める。
それから昨日、自転車で通った最上川に架かる出羽大橋を渡る。
最上川の川面がキラキラ輝き、川風が心地よい。
しかしやがて、沿道はクロマツ林が続く長い単調な道になる。
相変わらず左足の小指のマメが痛い。
休憩毎に真向法体操を繰り返す。

庄内空港を過ぎ、鶴岡市に入る。
昼食時がとうに過ぎた頃、湯野浜温泉入口というところに着いた。
そこでコンビニを見つけて、おにぎり2個とコロッケ、お茶を買う。
その店の前の日影にシート敷いて、おにぎりをほおばる。
湯野浜温泉という名前は知らなかったけれど、結構大きな温泉地だ。
歩いて行くと、大きな観光ホテルが幾つもあって驚く。

そこから小一時間ほど行くと、沢山の船が係留する漁港が見えた。
なかでも大きな船が荷を下ろしているので見ていると、ポリバケツばかりだ。
さらに近寄って見ると、加茂水産試験所の「最上丸」で、バケツの中は調査用の海水の様だった。
国道112号は、加茂漁港で直角に左へ曲がって内陸に向かう。
そこからは、海沿いの地方道で今日の宿がある由良海岸を目指す。

海岸に沿う道を、岩場で釣りをする人を眺めながら歩く。
日本海の荒波にさらわれはしないかと、ハラハラする様な岩場で釣りをする人もいる。
やがて陽が傾き始めると、空と海と山の荘厳なショーが始まった。
空は青くウロコ雲が漂よっていたのが、いつの間にか左側から薄墨色の雲がひろがって来た。
墨色の雲間から日射のシャワーが海に降り注ぐ。
墨色の雲の濃淡が刻々と変化し、それが海の表情にも反映される。
そして振り返ると、背後の山容もまた赤味をおびたり青味になったりと忙しい。
だが、その荘厳な感じを写真に収めるのは難しい。
昨日の土門拳氏の語録「シャターチャンスは一度しかない」が、心に響く。

由良海岸に到着すると、民宿の看板が多く目に付く。
予約した民宿に電話で場所を尋ねる。
ところが電話に出た女将さんは、携帯の声がよく聞き取れないようで、話がどうしても通じない。
仕方なく、通りがかった人に尋ねて教わる。

宿の部屋は2階の6畳2間で、間の障子を外した広い気分の良い和室だ。
夕食は10品もの料理が並び、1品毎のボリュウームもある。
残念ながら、海鮮料理に少し飽きているところがあって、半分ほどしか食べられなかった。
女将さんに、「魚は嫌いですか」と云われてしまった。
ゴメン、ゴメンです。