油谷の宿は素泊まりなので、朝食は出ない。
宿の人に教わったコンビニへ行き、朝食におにぎり弁当と牛乳を買う。
それを宿の部屋で食べ、いつもより早く8時前に出発する。
宿の女の人が、冷たい麦茶をペットボトルに入れて渡してくれた。
今日は曇りで昼頃から雨の予報。
昨日は短い旅だったので疲労もなく順調に進む。
沿道に目を向けると、民家の外壁に沢山の花鉢が、楽譜の様に取り付けられている。
引き寄せられるように近づき、カメラを構える。
どんな人がどのような想いで、この花の世話をしているのだろうか。
花好きの妻をフト思い出す。
道は、油谷湾とJR山陰本線に挟まれた国道191号を進む。
この辺りの油谷湾は、「西長門海岸国定公園」の石碑がある様に、素晴らしい眺めだ。
油谷湾の向こう岸には、ナント、楊貴妃の墓があると云う。
しかし、間もなく雨が降ってきそうで脇目も振らず急ぐ。
長門市から豊北町(現下関市)に入り粟野港のところで休憩する。
そこからは、山陰本線を横断して山道になる。
遠くに油谷湾が見え隠れして、再び山陰本線を横断する。
平地に出ると、「阿河ほうぜんぐり海浜公園」と云うところになった。
木造りのチョッとおしゃれな公衆トイレがある。
さらに大きな温室の様な構造物があって、中に木造の台座が幾つか置かれている。
夏の海水浴シーズンには大勢の人出で賑わいそうな場所だ。
シーズンオフの今は人気もなく、ひとり台座の上に大の字になって休む。
小雨が降り出して来て、急いで起き上がり先を急ぐことに。
昼の終り頃に特牛(こっとい)漁港に着く。
岸壁のところに喫茶店があり、食事も出来そうなので入る。
きまぐれランチ(日替わり定食)だと云う生姜焼き定食(750円)にする。
この喫茶店で今日の予約してある宿を尋ねたら、直ぐ近くだった。
教えられた所へ行くと、広い敷地に大きめの民家造りで2階建ての建物だった。
案内されて部屋に入ると、強い雨音が聞こえてきた。
部屋のテレビをつけると、「懐かしのフォークソング特集」と云うのをやっている。
フォークソングが最も流行ったのは、私が20代の頃で、ひとつひとつの歌に熱い思い出がよみがえる。
夕食は6時からと頼んであったのに、話した人と違うおばさんが5時からでよいかと云ってきた。
いくらなんでも5時ではと云って、5時半からにする。
おばさんは宿の人ではなく雇われていて、早く済ませて帰りたいようだった。
夕食後、いつもの旅便りを家族や友人にメールすると、携帯電話の電波状態が悪く送信できない。
旅便りをメールしない日は初めてのことで、みんな心配するかも、と思うけどやむを得なかった。
案の定、妻が「どうしたの?」と心配して携帯に電話してきた。
何故電話は通じるのか不思議だった。
翌朝、夕食時と違う人が、7時に出発すると聞いたといって、6時半に朝食を運んできた。
そんなことを言った覚えもなく、朝の体操中なので、予定通り7時にしてもらう。
朝食をすますと、直ぐに領収書を持って宿泊代の請求に来たのには、オイオイである。
それから、昨夜送信できなかった旅便りのメールを発信しようと外に出る。
宿の前は山なので、少し移動して送信すると通じた。
出発の時は霧雨だった。
やがて雨が止んでくもりの天気になり、歩きやすい。
今日は下関市豊浦室津と云う所まで約30kmの旅。
土井ヶ浜遺跡がある弥生パーク入口と云う所で最初の休憩をとる。
そこを発って波原交差点あたりから運河の様な川に沿う道になる。
川の両岸に民家が並び、家の前に小型の船が繋いであったりする。
なかには岸辺で魚網の手入れをする人もいる。
こうした生活感のある光景に出会うのは珍しい。
うれしくなって、両岸を行ったり来たりして写真を撮る。
そこを過ぎると、山が海に落ち込む狭い海岸縁の道になる。
同じような北海道の道を思い出す。
あれから本州を北から下って来て、いま西の端を歩いているのだ。
トンネルをひとつ抜けると、「二見」と云うところに出た。
どこかにもある地名だ。
しばらく行くと、海岸に夫婦岩という注連縄で結ばれた二つの岩が見えた。
それで思い出したのは、三重県伊勢市の二見浦の夫婦岩だ。
注連縄で結ばれた二つの岩と、その間の海面に陽が昇る光景が眼に浮かぶ。
こちらの夫婦岩は、きっと夕陽との組み合わせが絵になるに違いない。
二見から再び山陰本線と並行する道になる。
宇賀本郷駅や湯玉駅が格好の休憩場所になった。
お陰で腰痛もなく比較的順調に歩く。
川端温泉駅の観光案内所で観光マップをもらおうと駅舎に入る。
あいにく日曜日で休みだった。
駅の売店で今日の宿「ヴィラむろつ」への道順を尋ねた。
売店のおねえさんは、道順を教えてくれたあと、歩くのには遠いのでバスで行くように勧めてくれる。
「歩く旅をしているから」と事情を話し、お礼を言って歩いて行くことにする。
しかし、やはり宿までは遠かった。
国道191号から4kmほど海側にそれた道で、何度も人に尋ねながら行く。
室津湾の岸辺に着くと、強い風の中、沢山のヨットが見える。
「ヴィラむろつ」は、室津湾を囲む先端の岬にできたヨットハーバーにあった。
そしてそれは、下関市海洋環境管理センターの宿泊施設の呼び名だった。
ウッデイな造りの建物は、1階がレストランで2階が宿泊施設になっている。
夕食はそのレストランで、ヨットハーバーと室津の入り江を眺めながらとなった。
約30kmの長旅で疲れた身体に、ビールが心地よく浸み込む。
この宿は何ごともセルフサービスで、風呂も自分で給湯して入る。
自宅のものより2まわり大きい浴槽で、一人で使って良いと云う。
浴室で、昨日と今日の2日分の洗濯をする。
天気予報は、3日先の水曜日まで晴天が続くと云う。
それで、3日先の宿を「国民宿舎マリンテラスあしや」に決め、電話で予約した。
そして、そこに後方支援物資を送ってくれる様、自宅の妻に電話する。