日本一周てくてく紀行

No.130 九州 編(高鍋町高鍋~日向市向江町)

昨夜は、サッカーW杯日本対オーストラリア戦のTV中継を夜中0時まで観た。
睡眠不足を考えて、今日は都農町まで19km程の短い旅にする。
それでも、いつもより少し遅い8時35分に宿を発つ。

昨夜の日本の逆転負けが、無念で頭から離れない。
そんな気持ちで小丸川に架かる高鍋大橋を渡ると、奇妙な時計塔が見えた。
その塔には、「時間の励行日本一 高鍋町」の標語が取り付けられている。
これは一体どんな意味か?と考える。
まるで工場の生産効率を上げるための標語の様だ。
時間を大切に使おうと云う趣旨なのだろうが、ちょっと違和感が。
こういうことは個人レベルに止め、町全体で推し進めようとするのだったら息苦しい。
睡眠不足の割には、イヤ睡眠不足だからか、とりとめのないことを考えながら歩く。

やがて晴れてきて、かなり汗をかく。
鬼ヶ久保というところで、見事なクスの大木が見えた。
道路脇の空間に、涼しげな日陰を落としている。
根元は、ぐるりと50cm程の石で囲われている。
格好の休憩場所と、石に腰を下ろす。
心地よい日陰で、腰を上げて発つ気になれず困った。

川南町の塩付交差点近くで昼時になり、コンビニを見つけ入る。
ここで、野菜サンドとアンパンそれに牛乳の昼食をとる。

昼食後30分程歩くと、石ころだらけの名貫川を渡る。
そこに種田山頭火の句碑が建っていた。

 大石小石かれがれの水となり

この句を読んで、最初はン?となり、それからガーンときた。
きっと、山頭火さんも暑いさ中に、この川を渡ったにちがいない。
のども渇き疲れ切った身体で、石ころだらけの川面を見つめた時の心境だ。
石がかれがれの水になる、どうしたらこんなコトバが生まれてくるのだろうか。

今日の宿は、JR日豊本線都農駅前の広場横にあった。
まだ14時を少し過ぎた時間なので、駅舎内で時間待ちした。
改札口に張り紙が出されていて、都農駅長名でこんなことが書かれていた。

マナーアップ重点項目
◆ 座席占有の防止
◆ 携帯電話の正しいご利用
◆ 座り込み防止
◆ 優先席での譲り合い

都会でも問題になっていることだけれど、今や全国的な風潮になってしまったのか。

駅前の予約した旅館に15時に行くと、若い女将さんが直ぐに部屋へ案内してくれた。
部屋はきれいで、女将さんは良く気がつく親切な応対で気持ちが良かった。

次の日は午前中は晴れで、午後から雨の予報。
それで、朝、少し早めに旅館を発つ。
今日は日向市の中心市街地まで約23kmの旅。

今日も比較的体調は良く、順調に進む。
美々津と云う所に、町並保存地区があると云うので寄ってみる。
国道10号から右へ坂を下ると、美々津まちなみセンターが眼に入る。
ここで、江戸から大正にかけて繁栄し「美々津千軒」と呼ばれたまちの説明を受ける。
それから、「美々津町並みガイドマップ」を片手に、白壁土蔵の町並みを巡る。
町並みの中ほどに、古民家を活用した日向市歴史民俗資料館がある。
入館料210円で入ると、この建物は美々津屈指の廻船問屋「河内屋」の古民家を修復したものだと云う。
かつての豪商の暮らしぶりをうかがわせる部屋や品々を見て廻る。
白壁土蔵はきれいに修復され、伝統的な民家も良く保存さている。
住民の多くは、近くの工場に勤めるサラリーマンだと云う。
水曜日の午前で、石畳の街路は、ほとんど人気がない。
そのとき、中国人らしい若者達が自転車でやって来て、にぎやかに写真を撮り合う。
やはり、まちは人がいてはじめて色めくようだ。

美々津の町と港は、耳川が日向灘にそそぐ河口にある。
その湊は、日本海軍発祥の地だという。
日向神話では、美々津は神武天皇が東征のため船出した伝説の地。
それで河口近くに、高い波の様な石造りのモニュメントが建てられ、それに「日本海軍発祥之地」の文字が見える。
美々津の地名に馴染みがなく、ましてや日本海軍発祥の地なるものがあるとは想いもよらなかった。

思いがけず興味深い町に寄って、予定以上の時間を過ごし先を急ぐ。
国道10号に戻り、耳川に架かる美々津大橋を渡る。
その先は上り坂になり、振り返ると美々津の港、耳川、それに先ほど寄った保存地区が見える。

やがて国道10号は、JR日豊本線と並行する。
そして小さな道の駅「日向」に到る。
大規模な道の駅に見慣れたせいか、ここはなんだか仮設店舗の様だ。
ちょうど昼時で、軽食コーナーに入り親子丼(400円)を食べる。
美々津町並保存地区でかなり時間を費やしたので、昼食休憩は短くして出発。

道の駅からは下り坂になり、やがて海沿いの道になる。
白波が見え、多くのサーファーの姿も。
心地よく眠るサーファーの後ろ姿を、そーとパチリ。

今日の宿は、日向市の市街地の中にあると云うので、電話で道順を尋ねながら行く。
大黒屋旅館の名前からすると、古い昔からある建物を想像していた。
着いてビックリ、関東でも郊外住宅地でよくみられる2階建ての一般的な住宅だ。
ブロック造りの門柱の上に、大黒屋旅館と書いた小さな石板がなければ、それと気付かない。
玄関から室内に入っても、ほとんど民家仕様だ。
しかし、建物は新しく部屋もきれいだ。
女将さんはとても親切で、洗濯についてもあれこれ世話をしてくれる。
夕食は、ダイニングルームで女将さんの手料理。
サービスと云って出されたサザエのツボ焼とカポスを添えたやわらかな焼小竹。
これを肴に、ビールが一段とすすむ。
都会の料理好きの主婦の家に泊めてもらう様な、そんはアットホームな旅館だった。