福岡町の宿で朝食の時、女将さんがここに泊った石川文洋さんの話をしてくれた。
そして、石川さんと同じ様に、葦で作った地元の名産品「馬」を記念にと云って手渡してくれた。
出発の時、ご主人と女将さんのツーショットをカメラに収める。
今日もいい天気だ。
福岡町から今回の旅の最終目的地JR金沢駅前までは、無理すれば一日で行ける距離だ。
はやる心を抑えて、今日の旅は津幡町までの22kmとする。
それでも歩いていると、明後日は金沢だとの想いは、払っても払っても頭に浮かんでくる。
国道8号の東芦川交差点から旧北陸道の地方道を行く。
小矢部市の市街地を通り抜けて、再び国道8号に出会う。
安楽寺西交差点で、そのまま国道を行けば倶利伽羅峠トンネルだと云う。
倶利伽羅峠は、トンネルではなく旧道で越えようと思った。
その前に、先ずは腹ごしらえをと、近くの食事処で昼食にする。
倶利伽羅峠は、越中(富山)と加賀(石川)の国境にある。
寿永二年(1183年)ここで、信州で挙兵した源氏の木曽義仲が「牛火の奇計」で平氏の平維盛率いる大軍を破った。
小説や映画に幾度も取り上げられたこの戦いは、「倶利伽羅峠」という不思議な名前と共に私の記憶に残っている。
司馬遼太郎さんの小説か何かで読んで以来、一度は訪ねてみたいところだった。
しかし、旧北陸道のこの道を行けども行けども、そうした史跡が見当たらない。
山の中の道は、歩いているわたし一人だ。
「棚田のビューポイント」と云うところがあったけれど、その面影もない荒田だった。
もしかしたら道を間違えたかと思いながらも、のんびりと歩く。
明日は「金沢」だ、との想いをチラチラ浮かべながら。
天田峠から何度も大きく屈曲した坂を下り、ふもとの里に到る。
沿道にコスモスの花が咲き誇り、人里のぬくもりに包まれる。
ほどなく道の駅「くりから源平の郷」があり、ここで休憩をとる。
倶利伽羅峠で繰りひろげられた源平合戦の史跡を巡る古道は、「歴史国道」となっている。
その歴史国道は、わたしがきた道とは別にあった。
ここ津幡町竹橋から旧倶利伽羅峠を越えて小矢部市の埴生まで約10kmの道だ。
私が歩いたのは、明治時代に整備され北陸道だった。
そこからずーと、JR北陸本線に沿う道を行く。
ところが、道の駅で飲んだ缶コ=ヒーのせいか、だんだんとお腹が張って来た。
数日前も似たことがあり、トイレのありそうなところを探しながら歩く。
今日の宿はJR津幡駅前にある。
その駅が右手に見えてきたのに、線路を渡ってそこに出る道が見つからない。
ますますお腹が張ってアセる。
津幡検問所前交差点のところで、やっと「浅草靴流通センター」と書いた大きな店がみつかる。
店に入りトイレに飛び込んで間一髪セーフ。
この旅でこんなことが何度あったか、と指折り数えて苦笑する。
結局、この交差点から陸橋で線路を渡り、逆戻りする形でJR津幡駅前に着く。
今日の宿は、駅前の目立つきれいな旅館だった。
夜、明日はいよいよ旅の最終目的地、と布団に入った22時過ぎに携帯電話が鳴った。
妻からで、名古屋の私の姉が脳梗塞か何かで入院したという。
姉は介護入院中の母の面倒を見てくれている。
とりあえず明日、旅を終えたら、次の日に名古屋へ直行することにする。
そしてすぐに妹に電話して、明日、見舞に行ってくれるように連絡する。
さらに、友人の奥村君にもこのことで電話する。
彼はわたしの徒歩旅行の達成を祝して、明後日、JR金沢駅で落ち合い山中温泉に招待してくれることになっていた。
温泉での宿泊や帰りの切符まで手配してくれており、ドタキャンで全く申し訳なかった。
次の朝、天気も晴れて、いよいよ今日がこの旅の最終日だ。
そんな込み上がる感慨と昨夜の電話の件で複雑な気持ちで出発。
JR津幡駅前からJR金沢駅前までは、約12km程だ。
金沢都市圏内の道で、見慣れた都会的な風景が続く。
ただ、新幹線がらみなのか、北陸本線の高架工事が目立つ。
鉄道の高架構造物と街道の雰囲気を残す家並みの対照が印象的だ。
金沢駅に近ずくにつれ、古都の雰囲気を残す店がチラホラ現われる。
浅野川の川縁に立つ民家の佇まいも、何故かほっとする雰囲気だ。
そんな感慨にふける間もなく、呆気なくJR金沢駅前に着いた。
ところが、駅前は異様なデザインの門とガラス張りの巨大ドームで覆われている。
駅前の三叉路交差点は広くどうやって渡ればよいか、とまごついてしまう。
道路脇から地下への階段を行くと、これまた広い地下街になっている。
古都のイメージは、吹っ飛んでしまった。
記念にと、JR金沢駅と書かれた入口に立って、通りがかった人に写真を撮ってもらう。
今日の宿は駅近くのホテルで、着いた時はまだ昼頃だった。
チェックインは16時と云うので、フロントに荷物を預けて街の散策に出かける。
長町武家屋敷跡、香林坊、金沢城公園、兼六園,近江町市場、百万石通りとグルリ廻る。
バッグ無しで歩くのは楽だけれど、別の疲れ方をするのか結構くたびれてしまう。
今宵は夕食を食べながら、旅を振り返ってみようと思った。
街に出てどこか良い店を探そうとしたが、ホテルの隣のファミレスに入る。
旅が終わったと云うことで、何か放心状態の様だ。
予想していた大きな感慨も湧かない。
千葉県のJR銚子駅前を発って今日まで189日間の旅だ。
その旅を無事に終えられたと云うのに。
頭では旅は終わったと思っても、身体の方がまだ旅から解放されていない感じだ。
この旅を無事に達成できたのは、家族、友人、旅先で出会った人々等の励ましや支援の賜物だ。
旅をしている間、何度となく「幸運」を感じることもあった。
姉の入院さえも、わたしの旅が終わるぎりぎりまで待っていてくれたようにも思えてくる。
そうした感謝の気持ちと安堵感だけが、ふつふつと湧いてくるのだった。