(余話)
てくてく紀行に同行されてる方は、この旅の多くの宿が鉄道駅の近くにあることにお気付きかと思う。
その日ごとの目的地となる宿は、分かり易いところにあることが肝心だ。
重い荷を背負って歩く旅では、一日の終盤に疲れた身体で宿の場所を探すことは、肉体的にも精神的にも相当にキツイ。
結果、翌日に疲労を残してしまう。
この紀行文を書いている2011年現在なら、インターネットで全国どこでも詳細な地図情報を得ることができるしその道具も軽量小型だ。
しかし、歩いて日本一周した2005年頃は、大都市は別として、地方の地図情報はまだ使い物にならなかった。
それで持ち歩くのに軽くて便利な百円ショップの都道府県別道路地図が頼りだった。
だからこの地図に記載される鉄道駅や役場等を目標にして、その近くにある宿を選ぶことにした。
特に昭和時代に全盛だった鉄道駅周辺には、いわゆる「駅前旅館」のひとつかふたつはまだ健在だった。
だから、先ずは鉄道駅周辺から宿を探すことが多くなる。
宿が鉄道駅や役場近くにあるメリットは、もうひとつある。
それは、多くの場合、そこはその地方の中心地であり「顔」であったりすることだ。
その土地を知るのに、格好の場でもある。
つぎに、そう云う宿をどのようにして探すかである。
今と違って、インターネットのコンテンツが未成熟だった当時は、わたしの知る範囲では「タウンページ」の電話帳で探すのが一番だった。
これを使って、一日最大歩行距離35km以内に宿を見つけながら行程をつないでいくというやり方をした。
つぎにもうひとつ、海を船で渡る以外は乗り物を使わない「歩きに徹する」ことに何故こだわるかである。
宿のない区間は乗り物を使ってでも、日本の海沿いを一周することにこだわるべきではないかとも思う。
日本の国土を歩いてその広さを身体で感じとることは旅の目的のひとつであるが、一度でも乗り物に乗ってしまうとそれが薄められてしまう気がする。
たぶんに気分的なものかもしれないが、結局は後者のこだわりが勝った。
以上の考え方で釧路から根室方面の行程を練った時、適当な宿を見つけることができなかった。
それで根室、知床方面はカットして、釧路からは摩周湖のある弟子屈町を抜けて網走に至る道を選ぶことにした。
釧路では3連泊して、家族と過ごしてリフレッシュし、たっぷりと身体を休めることもできた。
釧路を発つ日は、くもり日で歩くには丁度よい気温である。
靴も妻が持ってきてくれた新しいのに代えて出発だ。
駅ビルのコンビニで、昼食用のおにぎり2個とポカリスエットを買う。
釧路から弟子屈町方面に向かう道路は、摩周国道と呼ばれる391号線だ。
JR訓網本線にほぼ沿う道で、釧路湿原の東端を行く。
この道は、単調な山道でカメラを向けたくなる気がほとんど起こらなかった。
時々、腰痛が出かかったが、その予兆を感じた時は歩みを緩める等のコツが分かり、比較的快調な歩みだった。
釧網本線塘路駅前に着いた時、丁度、釧路湿原の観光列車が到着して大勢の観光客が降りてきた。
観光客にまじって、わたしも駅周辺や「ノロッコ」の愛称を付けた緑色した列車の写真を撮ったりした。
今日の宿はユースホステルで、塘路駅近くの高台にあった。
宿のベランダに出ると、塘路駅のプラットホーム越しに釧路湿原が見渡せる。
望遠鏡もあって、野鳥や」動物観察もできるという。
ペンション風のきれいなユースホステルで人気が高いのか、いろんな人達が泊っていた。
私の様な男性一人客、親子連れ、女性二人組み等で満室だという。
最初、わたしは一人客の青年と同室になった。
この旅では宿で同室となるのは初めてで、どうにも落ち着かない。
それで、ペアレントに何とか個室にならないか頼んだ。
すると、臨時の使用人部屋でも良ければと小部屋に案内してくれた。
部屋で日記をつけていると、ピアノのいい音色が聞こえてきた。
誰が弾いているのかと食堂に行くと、若い男性がショパンの「別れの曲」を奏でていた。
夕食の時、宿泊客にペアレントも加わって、釧路湿原の環境保護や知床の世界遺産登録申請が話題になった。
知床では、早くも世界遺産登録を見こして観光開発が盛んだそうだ。
次の日の朝、朝食に外国人の男女二人が加わった。
昨夜8時頃に着いたそうで、二人とも結構日本語が話せる。
男性は、海の鳥の研究者でこれから知床に向かうといった。
今日はあいにくの雨となった。
YHで昼食用におにぎり2個を用意してもらい傘をさして出発した。
シラルトロ湖で何枚か写真を撮っていたら、車で来たお年寄りが何ミリのレンズで撮っているかと聞いてきた。
28~105m/mのズームというと、車の中から私が撮った方向にカメラを向けて一生懸命撮っていた。
雨の中、景色を楽しむ余裕もなく、黙々と歩く旅となった。
それでも、昼食休憩を含む3回の休憩時には、運良く2軒の廃屋とコンビニ1軒が見つかった。
廃屋の軒下は、格好の雨宿り場所になり、宿で用意してもらったおにぎりで昼食をとった。
今日の宿は、当初予定した釧網本線標茶駅前の宿が満室で、急遽電話帳で探したところだ。
その宿は標茶駅から少し離れているようで、どんな所か気懸りだった。
宿にたどり着くのに少し迷ったが、まだ新しくきれいな建物で、応対に出た人の態度も感じがよい。
明日も雨なら、ここに連泊しようと思った。
案の定、夜の天気予報では、明日は一日雨で風も強いという。
連泊を覚悟して眠った。