日本一周てくてく紀行

No.19 ひたち・みちのく編(岩手県陸前高田市~大船渡市)

高田松原の宿は、日本ユースホステル協会直営のユースだった。
ペアレント(管理者のこと)も協会直属で、関さんという若い男性であった。
ペアレントとは、若い頃よくユースホステルを利用したわたしには懐かしい呼び名である。
しかし、最近はマネージャーと呼ぶことが多いそうだ。
関さんは、わたしが歩いて旅をしていると話したら、「これぞホントのホステラ―だ」といって歓迎してくれた。

翌朝、宿を出るときに、関さんは「この先、大船渡までは食事するところがないから」とおにぎりを差し入れてくれた。
いつも昼食を得るのに苦労することが多いので、ありがたくいただいた。

今日の行程は、大船渡市大船渡町まで約17kmの旅だ。
ショートの旅なので、のんびり行こうと考えたが、陸前高田市と大船渡市の市境まで上りの道で急勾配、急カーブが続いてきつかった。

それでも、山間に点在する集落は、ようやく訪れた北国の春を満喫するかのようなのんびりした空気が漂っていた。
農家の軒先にいっぱい白い布団などを干して、女の人が丸く刈られた庭木の間で草取りかなにかしている。
さらに目を転じれば、あたり一面にたんぽぽや桃の花が咲き乱れる左記の写真の風景である。
一瞬、「桃源郷」のことばが口から洩れた。

市境の峠を越えると、そこからは比較的に楽な道になった。
まもなく、大船渡湾やJR大船渡線それに市街地が見渡せる道になった。
道路から市街地には急勾配の階段がところどころ設けられていた。
その階段の踊り場に腰をおろして、市街地と海を見下ろしながら、宿でいただいたおにぎりをほおばった。

大船渡の市街地に入って、JR大船渡駅前には午後1時半ごろに着いた。
この駅前の横は、広場になっておりあずま屋があった。
そこで途中のコンビニで買った新聞をゆっくり読んだりして休んた。
それから、宿に電話しておおよその宿までの道順を聞いて出発した。
しかし、道を一本間違えたのか、行けども行けども宿は見当たらない。
再度、宿の女将さんに電話して尋ねたら、かなりゆきすぎているという。
午後2時ごろの日の一番暑いときで、この30分程のロスで大汗をかいてしまった。

宿に着くと、女将さんが心配しながら待っていてくれた。
左記の写真でわかるように、品のあるしっかりした物腰の女将さんだった。
旅館の中は、その第一印象どおり、女将さんの気配りが隅々までゆきわたっており、きれいで気持ちよかった。
しかし、3年前に孫をおんぶした時に背骨を傷めて動けなくなってしまったそうだ。
今ようやくなんとか動けるようになったけれど、好きな花の手入れもできず、仕事は息子さん夫婦にまかせているとのこと。
そんな話を夕食の時に、女将さんはシャンとした姿勢で淡々と話してくれた。

あとで、さぞ由緒ある旅館ではないかと若女将に聞いたら、いや女将さんが一代で築いたという話だった。

翌朝、女将さんに大船渡の古い町並みはないかと尋ねたら、盛町の街道筋にあるという。
それで、大船渡のにぎやかな市街地を南北に貫く市道を通って、JR盛駅前から国道45号にいたるコースをたどった。 そして、その45号を北上した。
しかし、それらしい町並みはなかった。
いま振り返って調べてみると、その国道45号の交差点から東に延びる国道107号が盛街道と呼ばれているので、そこまで行かないといけなかったようだ。

今日のコースは、大船渡市大船渡町から同市吉浜町扇洞まで約22kmである。
行程は中程度の旅になるが、みちのくの最難関の一つ三陸峠越えである。
長いトンネルが二つあり、やはりきつい道のりだった。
おまけに毎日出される宿のごちそうをきれいに平らげて、胃腸の負担も限度を超えたようだ。
途中、何度もトイレに駆け込む事態になった。
そのうち1回は、青空のもとでするハメになった。

そんなヘトヘト状態で三陸鉄道南リアス線の吉浜駅近くに着いたとき、レトロな建物に出会った。
正面に郵便マークがあることから、郵便局らしい。
しかし、局名もなく今は使われていないようだ。
こしたレトロな建物は、その町のそしてその家の歴史をいろいろ想像させてくれる。
しばし建物を眺め、そんな想像を巡らして休息をとった。

吉浜には、何軒も民宿がある。
しかし、当初予定した民宿は満室といって断られてしまった。
次の宿も、ひとり旅だと言ったら、気乗りしないようで駅の近くに泊ったらという。
なんとかお願いする形でようやく予約することができた。

宿に着いてみると、網元民宿の看板を掲げる立派な民家だった。
しかし玄関で呼んでも誰も出てこない。
だいぶ経って、奥さんらしいひとが出てきて部屋に案内してくれた。
どうやら、昨日は法事の会席があり忙しかったので、今日は休みにしたかったらしいのだ。
部屋の眼下には、三陸鉄道南リアス線がはしり、その向こうに波静かな吉浜湾がみえる。
夕食は、一人客にも手を抜かず豪華な海鮮料理がならんだ。
それなのに昼間のことがあって、食べ過ぎないようにとかなり残してしまった。
奥さんは、魚は嫌いですかとすこし残念そうだった。
ごめん、ごめんと頭を下げるしかなかった。