日本一周てくてく紀行

No.147 山陽 編①(福山市城見町~岡山県倉敷市阿知)

昨夜は身体が火照り寝苦しかった。
日中は暑さはそれ程でなくても、日射しが強く肌が焼けたせいだ。
今日は少し曇ってくれないかと願った。

朝起きて部屋の窓を開けると、白いうろこ雲がひろがっている。
願い通りの天気で、元気に宿を出発。
駅前の福山城にちょっと寄ってみたい気が。
しかし今日は、岡山県の鴨方町(現浅口市)まで約26kmの旅。
日射しが和らいでいる内に、できるだけ先へ進みたい気が勝った。
JR福山駅の中を通り北口から南口へ抜ける。
そこから駅前通りを南下して国道2号に出る。

市街地では、道のどちらか片側に建物の日陰ができ、それを選んで歩く。
その日陰がなくなると、のどが渇いてくる。
水分補給は、できるだけ冷たいものは避ける。
自販機で温かい飲み物を選ぶようにする。
順調といえば順調な旅だけど、一人黙々と歩く単調な道だ。
道端の曼珠沙華の赤い花がまばゆい。
それだけで何か、ちょっと物足りない。
そんななかで、チョッとした幸運が続いた。
温かい缶コーヒー「French Cafe」というのが、今のお気に入りだ。
その缶コーヒーは、どの自販機にもあると云うものではない。
それが、たまたま休憩したところに、たまたまあった自販機に偶然それがあった。
お腹が張ってトイレに行きたくなった時、コンビニが直ぐに見つかる。
しかもそこのトイレは、ウオシュレット付きの最新トイレだった。
さらに昼丁度に、おあつらえ向きの食事処が眼の前に。
「うどん坊」と云うところで、親子丼セット(800円)を食べる。
ささやかなことだけど、こういう巡り合わせは、歩く旅では意外と少ない。

今日の宿は、福山市と倉敷市の中間に位置する鴨方町にある。
この辺りは宿泊施設が少なく、適当な宿を見つけるのに苦労した。
やっと見つけた宿は、山陽本線の駅や国道2号から少し離れたところだった。

里庄町の東端で、国道2号の「手の際」交差点を左に折れて、山陽本線を渡る。
そして次の交差点を右へ、山陽本線に並行する川沿いの道を行く。
国道と違って案内標識は少なく、心細い道になる。
案の定、道が分からなくなり、人に尋ねながらようやく宿へ着く。
三階建てのビジネスホテルで、アパートの様な造りだ。
長期宿泊者が多い様で、洗濯機と乾燥機が無料で使える。
さっそく、下着類を洗濯機にかけ乾燥機に入れる。
夕食は、ほどほどの量と味で生ビールも美味しい。
こんなほど良い宿にたまたま泊れたことにも、天運と感じたりする。

新婚旅行は、尾道から四国の今治へ水中翼船で渡った。
そこから、反時計回りでほぼ四国一周する鉄道の旅だった。
これから行く四国の旅では、新婚旅行で行ったところと重なることが多い。
それなら、当時を思い出しながら歩くのも面白そうだ。
そう思って、新婚旅行の行程表をこの旅で持ってくるつもりで、忘れてしまった。
夜、妻に電話して、その行程表をファックスで宿に送ってもらう。

次の日も秋晴れのさわやかな朝。
目覚まし時計が鳴らなくて、30分程寝過ごす。
いつもより遅い8時40分の出発になる。

鴨方町には、町家公園というのがある。
江戸期の町家や蔵、土塀それに庭園の史跡エリアだ。
宿前の旧道を北上して、町家公園から金光町への道を行く。
しかし道を間違えて、町家公園からそれて金光町に入る。
金光教本部と云うのがあって、そういえばそんな名前の宗教があったと思い出す。
金光町役場の先の丁字路を右に曲がり、山陽本線を渡って再び国道2号に戻る。
倉敷市境の「竹川橋」交差点で、国道2号は玉島バイパスとなり、これまでの山陽道は国道429号となる。
国道429号に進んで、県立玉島高校前で2度目の休憩をする。
そこから昼に近付くにつれ、気温が上がる。
さらに太陽が真上にきて日陰がなくなってくる。
足取りが急に重くなる。
高梁川を渡る霞大橋のたもとに到ると、さらに道が分かれる。
どうやら、歩行者はその先にある旧橋の方に誘導されるようだ。
導かれるままに行くと、幅が一車線程の橋だ。
人も車もいない橋を、一人で悠然と歩くのは気持ちの良いものだ。

橋を渡って「霞橋東詰」交差点のところで、ちょうど昼になった。
暑さと日射しを避けて昼食休憩したいところ。
ところが、そんなところは行けども行けども見当たらない。
やっと、うどん屋が見つかり、うどん定食(450円)で昼食をとったのは午後2時近かった。

JR倉敷駅の前に着き、倉敷中央通りを行くと、直ぐに今日のホテルが見えた。
ホテルの部屋に入ると、疲れが出てしばらくボーとテレビを見てひと休みする。
それから、急いでシャワーを浴び、美観地区へ散策に出る。
陽が傾いた夕暮れ時だけれど、まだ大勢の観光客で賑わっている。
ここも、10年以上前に妻と来た。
そのとき、手造りの青いガラス瓶に入った「万年雪」と云う酒を土産に買った。
激辛のその酒は、結構おいしかった記憶がある。
その酒店は直ぐに見つかり、同じ銘柄で激辛とやや辛口の酒2本を買い、わが家に送る。

美観地区をひと廻りすると、日も暮れて空腹を覚える。
倉敷中央通りを行くと、こじんまりとした寿司屋があった。
店に入ると、壁に指揮者の朝比奈隆さんの大きな写真が架かっている。
まだ客はいないようで、カウンター席に座る。
さらに良く見回すと、平幹二郎さんや壇ふみさん等の色紙がところ狭しにある。
そんな私を見て、女将さんが直ぐに話しかけてくれた。
倉敷市に公演等で来られた著名人達で、よくこの店に来られるという。
それがきっかけで、朝比奈さんの思い出話や、ここに店を出してから34年の苦労話までしてくれた。
われわれの結婚生活も35年になるが、同じ時代にそれぞれの人生を過ごした。
初対面と思えない親しみを覚え、女将さんとご主人のツーショットを撮らせてもらう。
他の客が入って来て、慌ただしく撮るしかなかったのが悔やまれる。
名刺を渡し、後日、写真を送る約束をして席を立つ。