伊達市の旅館のおかみさんは、とても気さくで楽しい人だった。
食堂の厨房から、いつも食事する宿泊者に声をかけて楽しい会話が始まる。
私には、はじめてのお客さんなのでと云って、缶ビール1本がサービスされた。
こんな雰囲気なので、リピーターの宿泊客が多そうだった。
私も連泊して明日は、伊達市の市街地散策をしてみようと思った。
ところが、夜中に雨が降り、朝は素晴らしい天気になった。
この天気では、出立しない訳にはいかないと思いなおした。
朝食の時に、おかみさんにその旨の話をして、写真を撮らせてもらった。
旅を終えた後に、その写真を送ったら美しい字で心のこもった礼状が返ってきた。
宿を発ってすぐに、伊達市役所都市整備課に寄ってみた。
まちづくりに付いて、市の担当者に話を聞きたいと思ったのだ。
しかし意外にも、「伊達物語回廊」の整備に詳しい人がいないようだった。
それで、そのパンフレットだけを1部渡してくれた。
それによると、この事業はすべて昭和63年度から平成10年度までに完了したようだ。
わたしが訪れた時の7年も前である。
担当した人達はとっくに移動等してしまったに違いない。
また、伊達市は仙台藩亘理武士団の集団移住により開拓された歴史があるとも書かれている。
「伊達物語回廊」の市街地整備は、市街地の5路線を回廊としてつなぎ、各商店との連携を保ちながら、市街地の景観を考慮し、歴史的建造物、
古木等を保存しつつ、新しい街並みを形成すると云うものである。
そして整備コンセプトは、まちの歴史や地域の特性に基づいて練り上げられている。
プランも素晴らしいけれど、市民の協力のもとよくぞここまで実現したものだと感心する。
そんなことを考えながら行くと、堂々たる大手門を再現した「歴史の杜カルチャーセンター」に出会う。
このまちの歴史が醸し出す、文化や人々の誇りを感じないわけにはいかない。
八雲市でも感じたが、ここ伊達市でもまちの雰囲気に何か品位のようなものさえ感じるのは、
サムライ精神や開拓者魂の伝統が受け継がれているせいなのか、と思ったりする。
伊達市の市街地で高揚した気分を、次々と現われる美しい風景がさらに後押しする。
右側には噴火湾とその向こうに駒ケ岳が、後方には富士山に似た雪を冠した羊蹄山がクッキリとみえる。
それに加えて、JR室蘭本線の列車や小さな駅舎がアクセントをつけてくれる。
こんな気持ちの良い旅は、そんなに多くはない。
悪いことも重なることが多いが、良いことも重なるものである。
室蘭の市街地に降る手前の高台に展望台が見えた。
白鳥台北公園と云う所だった。
展望台に上がると、室蘭市街地はもちろん噴火湾全体が見渡せる。
真正面には、湾越しに駒ケ岳の山容が迫って見える。
あの駒ケ岳裏側にある大沼から森町に抜けて、噴火湾を一周してはるばるここまで歩いてきたと思うとこみ上げてくるものがあった。
いつまでも眺めていたかったけれど、汗が冷えて寒くなってきたのでやむなく出発することにした。
今日の宿は、JR東室蘭駅の東口に近いビジネスホテルだ。
次の朝、書道好きのホテルの女将さんに見送られて出発した。
女将さんは、子供のころから70歳になる今日まで続けているそうで、食堂に見事な書2点が掛けられていた。
出発してすぐにポツリポツリと雨模様になり、雨装備に切り替える。
天気が悪いと体調も変になるのか、お腹がスッキリせず、疲れも感じて右足の付け根が張って、少し足を引きずる感じで歩く。
昼食後は元気が出てきたが、心配したお腹の張りが我慢できなくなった。
幸い登別駅入り口交差点にスーパーがあり、そのトイレに飛び込んで事無きを得た。
今日の宿は、白老町の虎杖浜にある温泉民宿だ。
虎杖浜駅前のバス停付近で、宿に電話して場所を尋ねた。
女将さんが出て、まだ2km以上先なので車で迎えに行きましょうかと云ってくれた。
疲れていたけれど断って、歩いて行くことにした。
まだかまだかと行くと、写真のように浜辺にポツンと建つ食事処を兼ねた温泉民宿がそれだった。
部屋に案内されて荷物を降ろし、何よりもまずとばかりに温泉に浸かった。
源泉たれ流しでいい湯だ。
夕食の料理も美味しかった。
女将さんも、明るくいい感じだ。
函館以来10日間も休みをとらず、疲れが溜まっている。
ここに連泊し、明日は休養日にすることにした。
次の日は、朝から温泉に浸かって一日のんびりした。
いつもと同じ時間に朝食をとり、その後、もうひと眠りしようと布団に入ったら、ぐっすりと昼近くまで眠ってしまった。
昼食はラーメンにして、午後はこれからの行程と宿のチェックをした。
苫小牧市内から鵡川町の間は、予想と違って距離があり、途中にもう一泊する必要があった。
その宿は、電話帳で適当な位置に見つかりホッとした。
この食事処には、長距離ドライバーが寄って、温泉に浸かった後に食事とイッパイやることが多いそうだ。
その後に、宿の駐車所に留めてあるトラックに戻り眠る。
そして、早朝に出発するというパターンだそうだ。
この日の夕食は、何人ものドライバーと一緒だった。
隣に座ったのは、夫婦と思われる二人連れだった。
男の方は、大声でしゃべり盛んに女の方に飲め飲めと酒をすすめる。
やがて女の顔がほんのりと赤らみ、男は隣の若いドライバーに「どうだ、メンコイだろう」と嬉しそうに何度も話す。
当時、テレビで流行っていたCMの「女房酔わしてどうする気?」と云うのを思い出し、笑いをこらえるのに困った。
大抵の長距離ドライバーは、一日二食が普通で、時には一食や走りながらの食事も多いという。
そんな厳しい仕事の合間の、楽しい憩いの一時だったのだ。