別府市亀川の朝、起きて直ぐに宿の温泉浴場へ行く。
天然温泉の湯は熱く、かなりの水を足す。
それでも熱く、浴室を出てからも汗が止まらなかった。
今日も朝から雨だった。
朝の熱い温泉に浸かったのと天気のせいか、何となく体が重い。
別府湾沿いを行く国道10号は、広い歩道があって車を気にしなくて済む。
小雨の中、今日の旅便りのメールのことを考えながら歩く。
フーテンの寅さん風の言い回しにしたらどうだろうか等。
そんなたわいないことを考えてるうちに、日出町の堀交差点に到る。
ここからは、国東半島の海岸沿いを一周する国道213号と半島の根元を横断する国道10号に分かれる。
国道10号を選び、山道に進む。
山道に入った頃に雨は止んだ。
赤松峠近くで、突然お城の様なものが現われ驚く。
地図を見ると「ハーモニーランド」とあり、テーマパークの様だ。
それにしても、なぜこれがこんな山奥にと不思議に思う。
この頃には陽も出てきた。
丁度昼時で、峠越えの旅人を待ち構えるように「とおせんぼ」と書いた食事処が見えた。
営業しているのか廃業してしまったのか分からない店構えだ。
そーと中をのぞくと、人がいて営業していた。
TVが見える席に座り、豊富なメニューの中から親子丼を注文する。
その時、テレビから
金襴どんすの 帯しめながら
花嫁ごりょうは なぜ泣くのだろ
と童謡「花嫁人形」の歌が流れた。
この歌の作詞家であり、竹下夢二と並ぶ人気の抒情画家でもあった人物のドキュメンタリー番組だった。
この歌は、幼い時から慣れ親しんできたものだけれど、作詞家については全く無知だった。
思わず画面に吸い寄せられる。
作詞家は子供の頃に、美しかった母を亡くしたという。
その生い立ち話がこの歌と絡んで、番組のストリーは進む。
「花嫁人形」の詩は、子供には分からない言葉が結構多かった。
しかし、そんなことは全く気にならないで、その切ない詩情は子供心にも十分届いた。
山中の一軒家の食事処で、旅人は思いがけないTV番組に釘づけになる。
赤松峠からは下り坂となり、疲れはあるものの割りと快調に歩く。
今日の宿は、JR日豊本線中山香駅のところにあると云う。
中山香駅目指して山香町の商店通りを行くと、駅の手前にその旅館はあった。
まだ14時半頃なので、中山香駅まで行って待合室で時間待ちをする。
駅付近は特に何もなく、時間を持て余し14時50分に宿へ行く。
玄関で声をかけると、女将さんが出て直ぐに部屋へ案内してくれた。
旅館のご主人は絵の趣味がある様で、旅館の一部を地元の絵画展会場にしていた。
次の日は、一日雨の予報だ。
朝の内は曇りで元気に出発する。
今日は宇佐市にある「かんぽの宿」まで約22kmの旅。
谷筋の道を、JR日豊本線と並んでゆく。
この間の日豊本線は、タイプの違う列車がいろいろ走って眼を楽しませてくれる。
立石峠に着いて、まだまだこれから大変と気を引き締める。
ところが、そこからは長い下り坂になった。
雨が降り出す前に、出来るだけ先へと休憩時間も短くして急ぐ。
JR西屋敷駅前を過ぎるとコンビニがあり、そこで3回目の休憩をとる。
休憩して先に進むと、道路脇に石柱が立っている。
近ずいてみると、「国界標」と刻まれている。
その文字の下に2列で
従是西 豊前国
従是東 豊後国
と刻まれている。
何か昔の旅人になった気分で辺りを見渡す。
JR宇佐駅前には、丁度お昼に着いた。
どこかで昼食を、と食事処を探す。
JRの駅前なのにそういう店は見つからず、軽食店の様なのが一店あるけど閉まっている。
仕方なく先へ進むとコンビニが見つかり、サンドイッチと牛乳の昼食をとる。
コンビニを出ると、ついに大粒の雨が降ってきた。
雨具を着て傘をさして行くと、何台もの観光バスが駐車しているのが見える。
宇佐神宮前の大駐車場だった。
宇佐神宮は、全国4万余社ある八幡様の総本宮だと云う。
この由緒ある神宮を素通りする訳にはいかない。
雨の中、参拝することに。
宇佐神宮は、うっそうとした森の中に、上宮、若宮宮、下宮と散在する。
しかも、石段が多く荷物を背負っての参拝は大変そう。
チョッと心配だけれど、石段横の木の下に荷物をおいて上る。
上宮に達した時、思わず息をのんだ。
檜皮葺きの屋根に純白の壁そして朱塗りの社殿は、色彩の妙と見事な均整美。
古代から大切に守られてきた境内の雰囲気と重なって、荘厳なオーラーを放っている。
雨の中のせいか、そのオーラーはいっそう重みを伴っているようだ。
パラパラとやって来る参拝者が正面のところで手を合わせてゆく。
私も同じように手を合わせ、気懸りだった荷物のところに戻った。
しかし、上記の写真は上宮とはいえ、本殿ではなかった。
後で分かったことは、
実は写真の社殿は、南中楼門(勅使門)と呼ばれる。
本殿はこの門の奥にあって、一之御殿、二之御殿、三之御殿と三殿連ねた建物で国宝になっている。
その御殿には、それぞれ八幡大神(応神天皇)、比売大神、神功皇后をお祀りしている。
参拝後も雨は降り続き、表参道商店街のアーケード下のベンチで雨宿りする。
約20分程雨宿りしても雨は止まず、意を決して腰を上げる。
今日の宿の「かんぽの郷宇佐」は、国道10号から2km弱それたところにあった。
大粒の雨の中なので、その道は随分遠く感じられた。
宿に着いた時は、全身ずぶ濡れだ。
案内された部屋は、ツインベットと6畳の素適な和室があって一人では勿体ないほど。
先ずは温泉へと、大浴場へ行く。
冷えた身体を湯に沈めると、雨の苦労はどこかへ消え去る。
そして、浴室から見える日本庭園に向かって「贅沢な旅だ」とつぶやく。