大船渡市吉浜の民宿は、網元の名にふさわしい立派な母屋がありそれに接続した形で民宿棟が建てられていた。
民宿棟には10位の部屋があるが、宿泊客はわたし一人だった。
当初は無愛想にみえた女将さんもだんだんと打ち解けて、翌朝、車で駅まで送りましょうかと声をかけてくれた。
ご厚意はありがたいが歩く旅なのでと、深謝して歩きだした。
今日は、大船渡市吉浜から釜石市唐丹町まで15kmの旅だ。
吉浜からは国道45号で行きたいところだが、そこには長い鍬台トンネルがある。
歩道のないトンネルの中を歩く恐怖は身に染みているので、それを避けて迂回する道を選んだ。
吉浜湾と唐丹湾を分かつ半島部に沿う旧道である。
吉浜湾側は長い上り坂で休み休み歩いた。
やがて車も人もほとんど通らない道になった。
上記の写真のように、森林浴をしているようないい気分だった。
ときどき木々の間から青い海が見え隠れする。
新緑の木の葉と紺碧の海が、響きあって眼を洗ってくれるようだ。
迂回する道が終わり国道45号に出たが、その先に熊の木トンネルがあるので、これも避けて迂回しようと思った。
しかし地元の人に尋ねると、そのトンネルには歩道が付いているというので、そのまま国道を行くことにした。
熊の木トンネルを抜けると、そこは三陸鉄道南リアス線の唐丹駅の前だった。
そこのコンビニでサンドウイチとおにぎりを買っておそい昼食をとった。
唐丹駅から今日の宿に電話したら、宿はそこから1kmぐらいだという。
唐丹駅から歩いて行くと、唐丹湾の全貌がみえてきた。
眼下には小白浜漁港とその南斜面にうつくしく積み木のように立ち並ぶ唐丹の街が望めた。
まさにここは、陸中海岸国立公園の真っただ中にある。
陸中海岸国立公園は、岩手県北部から宮城県北部に至る180kmに及ぶ海岸線である。
北部は典型的な隆起海岸で50から200mの海食断崖だそうだ。
そして南部は、リアス式海岸で陸地が沈降してできたものだ。
この複雑な地形は、たしかに美しい自然景観をなしている。
そしてどんなに小さな入り江(湾)にも漁港があって、そこに多くの人の営みがある。
その営みを支えているのは、まぎれもなく「海」である。
海の豊かさを感じざるを得ない。
美しい自然と海に生きる人たちの生活から生み出される景観こそが、陸中海岸国立公園の真の姿なのだと思った。
釜石市唐丹町の宿は、釣り客が多い宿のようだが、こぎれいで気持ちの良い旅館だった。
翌日は、朝から雨だった。
この日は、釜石市唐丹町から釜石市のJR釜石駅前まで11kmの旅となった。
当初は、昨日と同じように国道45号線の石塚トンネルを避けて、海側に迂回する道を行く予定だった。
しかし、この迂回する区間だけで15kmあり、この雨の中、長い区間、休憩する場所もない道をとることは危険と判断した。
それで思い切って1500m近くあるトンネルを通って行くことにした。
幸い路側幅が1m近くあり、すれ違う車の恐怖は比較的小さかった。
それでも、約13分、約1800歩のトンネル内の歩みはとてつもなく長く感じられた。
トンネルを抜けると、そこからは歩道もあって、雨も傘をさして歩けるていどになった。
雨の中、唯一撮った写真は、左記の雨の釜石大観音である。
高さ48.5mの白亜の巨大観音像で、釜石湾を見下ろしていた。
トンネルの近道をとったおかげで、JR釜石駅には昼前に着いた。
ここは、JR釜石線と三陸鉄道南リアス線の接続点でもある。
もう少し賑わいがあると想像していたが、雨降りの土曜日ということか閑散とした雰囲気だった。
今日の宿は、駅のすぐ近くにあるレストラン付きのホテルである。
観光パンフには、ランチメニューがあるとあったので、そこで昼食をとることにした。
ところが、土日は休みということだった。
がっかりだったけれど、チェクインはできるというので、部屋に入ってひと息つくことにした。
部屋の窓からのぞくと、大通りをはさんで、右が新日鉄釜石製鉄所、左がJR釜石駅だ。
ここも、新日鉄の企業城下町で茨城県の日立市に似た雰囲気があった。
ホテルには、和室が一部屋あり、明日は空くというので、その部屋に連泊することにした。
妻に頼んでいた後方支援物資が、宿に宅急便で無事に届いていた。